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ワンス・アポン・ナ・タイム・サムホェアー

珊瑚七句 (東京都)   2010-02-16

ワンス・アポン・ナ・タイム・サムホェアー・イン・東京
Ⅰ.リディアの王・カンダレアス
海外勤務は5年間に及んだ。その間私たちは子供二人を持つ身になった。彼女の友人たちが結構アパートを訪れた。そんな場合私は子供の世話をし、彼女が案内役として外出する。会社や取引先の要人が仕事でパリにやってくると、上司から夜の案内役として妻を指名された。
そんな場合私は会社を早退する。座持ちのいい彼女はフランス語ができるので重宝がられたし、いくばくかの日当をもらうとそれを貯め、通っている教会に寄進をするのを楽しみにしていた。

あれは日本に帰って妻が30歳の誕生日のことだった。終わったあと、いつものように背後から妻の乳房を右手でまさぐりながら、わたしその晩二人で見たテレビのよろめきドラマに刺激され
「響子、いい男がいたらいいぞ・・・」 と耳元でささやいた。
しばらくその意味を考えた彼女はさりげなく
「ねえ、あなたパリで私の誕生日に見た映画覚えています?」 と私に訊ねた。
「”マディソン郡の橋”だったかな・・・ 」
「それはあなたの誕生日よ。アカデミー賞を9部門も受賞したからと切符をあなたが買ってきたの」 と言われ私は”イングリッシュ・ペイシェント”を思い出す。14年前妻が26歳の誕生日だった。
第一次世界大戦を背景に北アフリカの砂漠を舞台にしたイギリス人の人妻キャサリンとハンガリーの独身伯爵アルマシーとの不倫を描いた映画だった。

仲間と砂漠で調査をしているアルマシーのキャンプにキャサリンが夫の操縦する飛行機でやってくる。これが二人の出会いになるのだが、キャサリンはアマルシーの研究論文を以前に読んだことがあります。その夜、キャンプ地でメンバーが砂の上で火を囲んで車座になり、酒を飲み交わしながらくじ引きで、隠し芸を披露します。 キャサリンは次のような小話をします。

王は妃がこの世で一番美しい女であることを近習ガイジスの前で証明しょうとした。
「お前は寝室に姿を隠せ」 とカンダレアス王は言った。カンダレアスはガイジスにこう続けた。
「妃は毎晩脱いだ服を扉の脇の椅子に掛ける」
「お前の立っている場所から妃が見えるはずだ」
「妃が椅子を離れて寝台に向かおうと、背を向けたら、そっと扉の外へ出るのだ」

その夜、王が話した通り妃は扉の脇の椅子に、身につけたものを一つ一つ置いていきます。
そして、一糸まとわぬ姿をガイジスにさらした。
それは想像を超えた美しさだった。
そのとき、妃はふと目を上げ扉の脇に隠れているガイジスを見た。
妃は恥ずかしくって無言でからだを震わせた。
その翌日、妃はガイジスに事の次第を問いただしたあと、こう言った。
「私の裸身を見た罪で死を選ぶか、私を辱めた夫たる王を殺して自分が王座につくか・・・、」
「あなたが決めるのです」 と。
ガイジスは王を殺して、妃を妻にしてリディア王になった。

妻はこのシーンを回想してから私にこう言った。
「私、あのシーンがすごく印象に残ったのよ。キャサリンの教養の高さとか、感性の豊かさを表していて・・・、物語の結末を暗示しているのよね・・・、あのメンバーの中でキャサリンの小話の出典がヘロドトスの”歴史書”であることが分かったのはアルマシーだけだと思うの」
「どうして?」
「あなた眠っていたの? 彼が砂漠で携帯していた本はヘロドトスの”歴史書”なの。つまり、彼の愛読書というわけ。キャサリンはこのことを後で知ることになるのよ」
私はその映画がフランス語版だったのでストーリーの流れは分かったが、細かい機微は字幕から読み取れなかった。

「そうか、偶然が二人を近づけた。キャサリンには幼馴染で何一つ不足のない夫がありながら・・・」
少し間があって私の方に向くと
「あなた、私があなた以外の男性に裸身をさらしてもいいの? 浮気を勧めるの?」
「カンダレアス王になりたいわけね。殺されちゃうかも知れないのに・・・」 と言った。
私は返答に窮してこう答えた。
「皮肉にも王は殺されることで妻の美しさを後世にも知らしめたわけだ。 あの映画はキャサリンが披露した小話の出典が、ヘロドトスの”歴史書”であることを知らない観客は、二人が魅かれあっていく起点を理解できないわけだね」

「そうよ。あの映画はとても深いの。見終わってから前売券を買ったあなたのことを尊敬したのよ」 とヘロドトスの”歴史書”を読んでいない私に期待はずれなのか過去形で言った。
「響子、カンダレアスの妃と同じような話が芥川の”薮の中”にも出てくるよ」
「そうなの・・・」
「もっとも、彼はその小説を平安時代に書かれた”今昔物語”からヒントを得て書いているんだ」
「どんな話なの?」 と興味を示す妻に内心ほっとした。彼女は古代ギリシャの歴史家の本は読んでいるが、芥川龍之介の”薮の中”は読んでいない。
「黒澤明監督の”羅生門”という映画を見たことある? 見たことがあれば話しは早いのだが・・・あの映画は芥川の”薮の中”が原作だからね」 と訊くと、ないという妻に私はガウンを羽織ると書斎からその2冊を持ってきて「薮の中」の前段のあらすじを紹介した。

Ⅱ.藪の中
都から若狭の国府に赴任する武人・金沢武弘が妻の真砂を馬に乗せ山科の駅路に差し掛かる。そのとき風が通り、市女笠の虫垂れ衣が開き女の顔が一瞬覗く。その顔を見た盗人・多襄丸は男は殺しても、女を奪おうと決心した。山の向こうの古塚で立派な刀を発見したから、気にいったものがあれば安く譲る、という多襄丸の誘いにのって夫婦は山に入る。
深い藪に差し掛かると武弘はそこに妻を残し、盗人の後に従い藪に入り、山中のちょっと開けた処で不意をつかれ松の根元に縛られてしまう。盗人は武弘に猿轡をかませると真砂のもとに取って返し、夫が怪我をしたからと藪の中に誘い込む。事情を知った真砂が懐刀で必死に切りかかってくるのを、やっと思いで取り押さえ、夫の見ている前で強姦する。

翌日、山に入った木こりが男の刺殺体を発見し、検非違使(警察官)に届け出る。身元確認のため呼ばれた真砂の母は、婿に間違いないと云い、彼は人の恨みを買うような男ではないと言うと、行方不明になっている娘の顔の特徴や勝気な性格、娘は婿が初めての男だなどの情報を話し探索を検非違使にお願いする。そこに馬から落ちて気絶していたところを捕らえられた指名手配中の盗人・多襄丸が連行されてくる。所持品は殺された男が持っていたものだと証言する夫婦を見かけた旅法師がいて、多襄丸は検非違使の追求にあっさり殺人を認めてしまう。

「響子、ここから小説の後段に入るのだが、芥川は多襄丸と真砂と武弘の供述を併記することで殺人事件の真相は明かさずに、あなたならどう思いますかと、読者に判断をゆだねるのだよ」
「供述って・・・、あなた、武弘は死んだのでしょう?」
「検非違使が巫女に頼んで武弘の死霊を呼び寄せ、彼女の口を借りて語らせるのだ」
「真砂は見つかったの?」
「いや、清水寺で懺悔している女の話ということで、それとなく真砂に見立てていてね」
「なんだか込み入っていて、むずかしそうね」
「話の要諦は、三人がそれぞれ自分を取り繕うというか、格好よく見せようとしていることかな」 私は殺人事件にたいする三人の供述を以下のようにかいつまんで話した。

【多襄丸の白状】
思いを遂げて、泣き伏している女を後に藪の外へ逃げようすると、女が腕にしがみついてきて叫ぶように云ったのだって 「あなたが死ぬか夫が死ぬか、どちらか一人死んでくれ、二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりもつらい」 と。
そして、「生き残った男につれ添いたい」 と喘ぎ喘ぎ云ったそうだ。
女と眼を合わせその燃えるような瞳を見た男は、後で殺されるような神罰を受けることになってもこの女を妻にしたいと思ったそうだ。

男は女の夫を殺すことは簡単だが、殺すにしてもそんな卑怯な方法は取りたくなかったようで、武弘の縄を解いた上、かかってこいと云ったそうだ。
その決闘の様子を男は検非違使にこう語っている。
わたしの太刀は二十三合目に、相手の胸を貫きました。二十三合目に、――どうかそれを忘れずにいて下さい。私は今でもこの事だけは、感心だと思っているのです。私と二十合斬り結んだ者は、天下にあの男一人だけですから。(快活なる微笑)

「あなた、女は夫を殺して男と一緒になりたかったのかしら・・・」
「いい見立てだね。『二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりもつらい』なんていうのは女の嘘。夫に対する言い分けだよ。彼女にはなんの落ち度もないし、男と必死に戦って武運拙く刀を打ち落とされ、レイプされたわけだから・・・、カンダレアス王の妃もそうだよ。ガイジスに気があった」
「じゃあ、なんで彼女は二人が生死をかけて戦っているのに姿をくらましたかしら・・・」
「響子、好きだよ。いい質問だね」 と私は思わず妻を抱き寄せた。
「多襄丸は”助けを呼びに行ったのだろう”と思ったそうだが、僕は逃げたのだと思うね」
「どうしてなの?」 と私の胸でつぶやく妻。
「男が夫の縄を解いたのを見て、慌てたのだろうね。女は夫の剣の腕を知っていた。互角の条件で戦えば卑しい盗人風情に勝ち目がないと・・・」

「じゃあ、女は夫から逃げたの?」
「だって、藪の中へ逃げて行こうとする男を呼び止めたのだよ。『二人の内一人は死んでくれ、生き残った男につれ添いたい』と。これっていかに勝気な女であっても、夫に対する裏切りだよね。殺されかねないよ」
「それはそれとして、女は男のどこが気に入ったの? 顔? 声? それとも全体の雰囲気?」
「そこだよ。初めて読んだときは、ぼくもそんな類のことかなと思っていた」
「どうして?」
「小説では男の容貌についての記述はないのだが、映画化されたとき三船敏郎がやったんだよ。アメリカでリメイクされた時はポール・ニューマン。夫役は森雅之とローレンス・ハーヴェイ。男の役は美男子ではあるがどこか野生的で一癖ありそうな俳優なのに、夫の役は細身で穏やで教養豊かな紳士といった俳優なのだよ。僕みたいな・・・」
妻は私の胸から顔を離すと上を向き
「映画”風と共に去りぬ”のレッド・バトラーとアシュレイ・ウィルクスの対比ね」と云った。

「で・ね、僕も映画の影響で女は男の容貌ばかりか、飾らないストレートな物言いや態度と夫とは趣きの違う肉体を見て魅かれたと思っていたんだよ。女は勝気な性格だから、野性的男性に惹かれたのかなってね」
「それで、今はどう思っているの?」
私はそれには直接答えず、妻との結婚生活からヒントを得たことを話してから次に進みました。

【清水寺に来れる女の懺悔】
その男は、私を手ごめにしてしまうと、縛られた夫を眺めながら、嘲るように笑いました。
夫はどんなに無念だったでしょう。が、いくら身悶えをしても、体中にかかった縄目は一層ひしひしと食い入るだけです。私は思わず夫の側へ転ぶように走り寄りました。いえ、走り寄ろうとしたのです。
しかし、男は咄嗟の間に、私をそこへ蹴倒しました。ちょうどその時です。わたしは夫の眼の中に、何とも云いようのない輝きが、宿っているのを覚りました。何とも云いようのない、――私はあの眼を思い出すと、今でも身震いが出ずにはいられません。口さえ一言も利けない夫は、その刹那の眼の中に、一切の心を伝えたのです。

しかしそこに閃いていたのは、怒りでもなければ悲しみでもない、――ただ私を蔑んだ、冷たい光だったではありませんか? 私は男に蹴られたよりも、その眼の色に打たれたように、我知らず何か叫んだきり、とうとう気を失ってしまいました。その内にやっと気がついて見ると、あの男は、もうどこかへ行っていました。わたしは竹の落葉の上に、やっと体を起すと、縛られている夫の顔を見守りました。が、夫の眼の色は、少しもさっきと変りません。やはり冷たい蔑みの底に、憎しみの色を見せているのです。私の恥しさ、悲しさ、腹立たしさ・・・

「響子がその女で、私が縛られた夫なら、蔑(さげす)むような目つきなんかしないよ。労わりと慰めを含んだ思いやりたっぷりの目つきだろうね。涙を浮かべているかもね」
「どうでしょう」 と妻は笑う。
「男にだまされて誘い出されたのは私だし、不覚を取って縛られたのも私だよ。響子は男と精一杯戦ったし。普通の男なら被害者である妻を労わるのは当たり前だよ」
「だから女は、『私の恥しさ、悲しさ、腹立たしさ・・・』 と嘆いたのね」
「そう、あげく夫に裏切られて絶望した女は夫を殺し自分も死のうとしたと云うのだ」
「でも、自分は死に切れなかった・・・」
「さすがだね、響子は・・・。ただね、女が云う『悲しさ、腹立たしさ』はストンとそのままの腑に落ちるのだが、『恥ずかしさ』という部分がね、君と結婚してからはもっと意味の深いことなのかなと思うようになったんだ」 どういうことなのと興味を示す妻に、それもあとで話すからといって次を読んで聞かせた。

【巫女の口を借りたる死霊の物語】
――盗人は妻を手ごめにすると、そこへ腰を下したまま、いろいろ妻を慰め出した。おれは勿論口は利けない。体も杉の根に縛られている。が、おれはその間に、何度も妻へ目くばせをした。この男の云う事を真に受けるな、何を云っても嘘と思え、――おれはそんな意味を伝えたいと思った。
しかし、妻は身を起こすと悄然と笹の落葉に坐り、じっと膝へ目をやっている。それがどうも盗人の言葉に、聞き入っているように見えるではないか? 
おれは妬しさに身悶えをした。が、盗人はそれからそれへと、巧妙に話を進めている。一度でも肌身を汚したとなれば、夫との仲も折り合うまい。そんな夫に連れ添っているより、自分の妻になる気はないか? 自分はお前をいとしいと思えばこそ、大それた真似も働いたのだ、――盗人はとうとう大胆にも、そう云う話さえ持ち出した。

盗人にこう云われると、妻はうっとりと顔をもたげた。おれはまだあの時ほど、美しい妻を見た事がない。しかしその美しい妻は、現在縛られたおれを前に、何と盗人に返事をしたか? おれは霊界に迷っていても、妻の返事を思い出すごとに、怒りに燃えなかっためしはない。妻は確かにこう云った、――「ではどこへでもつれて行って下さい。」(長き沈黙)

妻の罪はそれだけではない。それだけならばこの闇の中に、いまほどおれも苦しみはしまい。
しかし、妻は夢のように、盗人に手をとられながら、藪の外へ行こうとすると、たちまち顔色を失しなうなり、杉の根のおれを指さした。 
「あの人を殺して下さい。私はあの人が生きていては、あなたと一緒にはいられません。」――妻は気が狂ったように、何度もこう叫び立てた。
「あの人を殺して下さい。」――(再び、長き沈黙)

その言葉を聞いた時は、盗人さえ色を失ってしまった。「あの人を殺して下さい。」――妻はそう叫びながら、盗人の腕にすがっている。盗人はじっと妻を見たまま、殺すとも殺さぬとも返事をしない。――と思うか思わない内に、妻は竹の落葉の上へ、ただ一蹴りに蹴倒された、盗人は静かに両腕を組むと、おれの姿へ眼をやった。
「あの女はどうするつもりだ? 殺すか、それとも助けてやるか? 返事はただ頷けば好い。殺すか?」――おれはこの言葉だけでも、盗人の罪は赦してやりたい。妻はおれがためらう内に、何か一声叫ぶが早いか、たちまち藪の奥へ走り出した。盗人も咄嗟に飛びかかったが、これは袖さえ捉えなかったらしい。おれはただ幻のように、そう云う景色を眺めていた。盗人は妻が逃げ去った後、太刀や弓矢を取り上げると、一箇所だけおれの縄を切って藪の外に消えた。

「それで、女の夫は落ちている妻の短刀を胸に突き刺して、自殺したというわけだ」
「妻に裏切られたからですか? それとも男に不覚をとったのを恥じたのかしら?」
「そんなことより、三人の供述うち誰が一番真実に近いと思う」 と私は訊ねた。
彼女が即座に多襄丸と答えたのには正直びっくりした。私の見解と同じだったので少々がっかりしたが、それはすぐ感動に変わった。そして仲人をしてくれたM氏が披露宴で、一を聞けば十まで理解してしまう才媛です、言っていた姿が目に浮かんだ。

妻の論拠はこうだった。
殺人の犯行を自白して、獄門を覚悟している多襄丸が嘘の供述をするメリットはないということと、作者が盗人に多襄丸という名前を付けたこと。”襄”という字は春秋戦国時代に賢帝として知られた周朝第18代皇帝の襄王(じょうおう)の一文字と同じで、“多”は襄王を超えるという意味で、“丸”は平安時代には汚物のことで、現代でもその名残で便器のことを宮中ではオマルという。
だから、”丸”を付けるのは、汚物を嫌って悪霊や病魔等の災難が寄り付かないという伝承にのっとり、健やかに育って襄王を超えるような人物になってほしいという願いで親が付けた。
従って多襄丸の出自は相当なもの。

「知らなかったよ。博学だね。まいったなぁ、そういえば船名によく丸を付けるし、“武蔵丸”なんていう力士もいたね・・・」 と言うと、自分の答えも多襄丸であることを告げた。そして結論に至ったいくつかの要点を示した。
「多襄丸と死霊の供述で共通している部分は、女が『二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりもつらい』みたいなことを云っていることね」
「そうね、カンダレアス王の妃と同じね・・・」
「正確にいえば、死霊の話では自分を指差して多襄丸に夫を殺してと。いっぽう、多襄丸の話では女はどちらかに死んでもらいたい、生き残った方についていく、と云った」
「そうね、満足して現場を去ろうとしている多襄丸をワザワザ引き止めて、女が哀願するなんて不自然ね・・・、ということは、女は決めていたということね、死んでもらいたい方を・・・」
「鋭いね。さすがだよ。手ごめにされたあと多襄丸について行きたいと思ったのだよ。さっきも言ったたように初めて読んだ時は映画の影響で女は男の容貌ばかりか、飾らないストレートな物言いや態度と夫とは趣きの違う肉体を見て魅かれたと思っていたんだよ。女は勝気な性格だから、野性的男性に惹かれたのかなってね」

「それが私と結婚してからどう変わったの・・・」
「夫婦間のセックスは様々だということに気がついたんだ。当たり前のことだがね」
「たとえば?・・・」
「これは二人の好みではあるのだが、他人様が見たら我々のは修道士と修道女のセックスだよね」 と云うと、妻はクスッと声をもらし、「清く、正しく、missionary positionでね」 と笑った。
「ある人は、あれは哲学的とか冥想的なセックスだというね、きっと・・・」
「接して動かず、からですか?・・・口と手以外は・・・」
「そう、潮待ち流という人もいるかもしれないが、いずれにせよ我々の流儀を変える気はないよね」
「もちろん! 五感をとぎすまして、満ちてくる汐を聞く感じ・・・」 と妻は答えます。
     
「でね、そういう響子があの女のような場面に遭遇したら、どうなちゃうのかなと想像したんだよ」
「いやだわーあなたったら・・・」 と妻は私の胸を手で押しのける。一呼吸置いてわたしは話し出す。
「小刀を奪われ、男に組み敷かれた時、もう一気に力が抜けちゃってあっというまだよね。ハァ、ハァと息は上がっているし、体からは汗が噴き出しているから・・・・・・男を受け入れちゃっても、自分の呼吸を整えるのが大変で、夫のことなんてこれぽっちも頭にないだろう。むしろ、もうこんな苦しい思いをしなくていいのだと、ほっとしているはずだよ。・・・・・・男も同じ。
女の手首を押さえ肩でハァ、ハァと息を弾ませながら頭を垂れ、息づく君の胸を見ている。・・・・・・鎖骨の窪みには玉のような汗がたまっていてね、そこに男の額から落ちる汗が集まってくるんだよ。そして、いくらか胸の動悸が収まってくると男から滴れ落ちる汗が、そこに流れてくるのを感じるんだ。」

「初夏の昼下がり、熱い日差し、草いきれ、静けさ・・・、男は蜜をなめるようにその汗を吸うんだよ。君がそっと目を開くと男の肩越しに太陽が眩しくてね、思わず眼をそらすと花の上で二匹の紋白蝶が羽をふるわせ交尾しているんだ。その傍には打ち捨てられた自分の市女笠があってね。・・・・・・
藪の中で雉がケーン、ケーンと鋭く鳴くと、それに促されるように男が動き出して。その後のことは君に経験のないことでね・・・・・・木立の中でウグイスの声がすると、男は動きを止め一息つくんだ。
我に返ってそっと目をあけると、手は男の肩をしっかりつかんでいてね、いつ自分の手が自由になったかさえ覚えていないんだよ。おそらく男の激しい動きを和らげるため無意識にそうなったのだろう・・・」

妻は私の胸で息を殺して聞いている。私は続けた。
「すぐ男はゆっくり動きはじめる。紺碧の空に白い雲が一つ流れていく。それを見ていると自分の躰が男と一緒にゆっくり草の上を滑っていくような錯覚に眩暈がして、思わず男の首にしがみつくんだ・・・、だがね響子、その瞬間に視界は180度回転して、本物の眩暈を味わうことになるんだよ。男に肩を押されてゆっくり躰を起こすと、君が忌み嫌う woman on top position でね。・・・・・男の指示に従って、顔色をうかがいながら躰を動かしている君が妬ましくてね、もう少し躰を起こせば木の根元に縛られている私が目に入るのにと、イライラしながら男に揉みしだかれている胸を眺めているんだ。・・・・・男が乳房から手を離すと、背筋を伸ばすように躰を起し僕と目が合うのだが、男によって、もう後戻りすることが出来ない程の高みに押し上げられていて、目も虚ろでね。僕は元結の外れた君の髪がリズミカルに舞うさまを見ているしかないんだよ」

「だからね、女の供述で信用できる部分は、『夫の眼の色は、少しもさっきと変りません。やはり冷たい蔑みの底に、憎しみの色を見せているのです。私の恥しさ、悲しさ、腹立たしさ・・・』という箇所だけ。『私の恥しさ』とは夫の前で初めて盗人によってエクスタシーを経験して取り乱したこと。
『悲しさ 』とはそういう女の性。そして『腹立たしさ 』とは、そもそも夫の不注意で妻がこういう難儀を被った結果、女として開眼したのに“奇禍を転じて福となす”という男の度量に欠けているのことを知って、勝気な女は本当に腹がたったのだろうね」

あなたの洞察力は芥川並ね、と感心して聞いている妻にさらに続けた。
「多襄丸の供述でちょっと引っかかっていたのは、『生き残った男につれ添いたい』と女に云われ縄目を解いて真剣勝負をしたことだが、さっき君から名前の由来を聞いて納得できたよ。彼は相当な武家の出身で学問もあり腕も立つ。実際に人を何人も切った経験もある。体躯は女の夫より優れているから、剣の技量が同じでも経験と体力で勝てると踏んだのだろうね。見込みが
違った場合は逃げればいいのだから。性欲を満たすという本来の目的は達成済だし・・・」

「女は夫の勝ちと見て姿をくらましたのね。この小説はミステリーね。当事者の3人が殺したのは自分だと云うあたり・・・」
「さっき、キャサリンが披露した小話の出典がヘロドトスの”歴史書”であることを知っているかどうかで観客の二人に対する理解が違ってくると言ったが、この小説も盗人に作者が多襄丸という名を付けた意図みたいなものを読者が感じるかどうかで読み方が違ってくるし、そういう意味では黒澤がこの役に三船敏郎を配したのは見事だね」と云うと、「まだ見ていないのよ、私・・・」 と妻は答えた。

「で、芥川が”藪の中”を書くにあたって下敷きにした今昔物語の話はもっと素朴で短いんだ。夫は殺されないし。でもそれだけに臨場感というか現実性はあってね」 短いなら聞かせてと云う妻にその話をした。

Ⅲ.今昔物語(妻を具して丹波の国に行く男、大江山にして縛られたる話)
「京から新妻を馬に乗せの彼女の実家のある丹波の国へ向かっている若い侍がいる。結婚した挨拶に行くのかもしれないね。弓を手にして竹製の箙に矢を十本ばかりを背負って歩いていると大江山辺りで同年輩と思しき若い男と道ずれになるんだよ。
その男は太刀を帯びていて見るからに屈強そうなんだ。話しながら歩いていると男は自分の刀を自慢しだしてね、抜いて見せるんだ。確かに著名なブランド品でね、彼が羨ましそうな顔を見せると、その弓と交換してもいいよ、と言う。若侍はためらわずその申し出を受け入れ、大もうけした気分でご機嫌なんだ。

弓だけでは格好がつかないからと云う男に矢を二本与えて、昼食にしょうと藪の中に入ると、ここでは人目があって落ち着かないから、もう少し奥へと男に云われてね。思しき場所に来て妻を馬から抱き降ろそうとしていると、後ろから「動くと殺すぞ」という声がして男が弓を構えていてね。
若侍は呆然と立ち尽くしていると、『もっと山の中へ入れ』 と脅されて、1kmほど山奥に入ったところで、太刀と脇差をこっちに投げろと言われその通りするんだ。すると屈強そうな男は近寄ってきて彼を殴り倒し、馬の曳き綱で木に縛り付けてしまうんだよ。

男が女の側に来て、市女笠の虫垂れ衣をあけて見ると、二十歳くらいの魅力的で清楚な感じのする女でね、男は心を奪われ無我夢中で女の着衣を解こうとするが、女は拒否してもどうにもなることでないので、云われるままに自分から脱ぐんだよ。男も着ているものを脱ぎ捨てると、女をその場に押し倒してね。・・・・・・・許してと哀願しても聞き入れられず、挙句の果てに男は自分を受け入れている女に縛られている夫を見ろと命令するんだ。
ここで、この事件の書き手は胸中を想い量って、『男の命じるままに夫を見ている女はどんな思いがしただろう』 と同情していてね。

男は終わると着ていたもの身に着け、金目のものを奪って馬に乗ると、女にこう云うんだよ。『お前のことは愛しく思っているが、しょうがないんだ。男はお前に免じて殺さずにおく』 と。そう言い残して馬で逃げていく。女が駆け寄って夫の縄目を解くと、夫は呆然自失で魂が抜けちゃっているんだ。それを見て女は、『あなたって頼りにならないのね。あなたがこのようでは、これからも私はこんな目にあいそうね。しっかりしてくださいよ。あなた・・・』 と励ますのだが、夫のほうは返す言葉がなくてね、妻になぐさめられながら旅を続けるという話。

この作者はね、女の着物をもって行かなかった男は立派だったとほめる一方で、見知らぬ男に弓矢(飛び道具)を渡した夫は愚か者と断じて、この話の〆にしているんだ」

「どう思う?」
「事件を報じる新聞記事みたいで、簡潔で分かりやすいわね。話に普遍性があって・・・この作者は女性をほめているのね、きっと・・・」
「そう思うね。気が動顚している夫と違って、自分たちが置かれた状況をしっかり理解しているね」
「自分から着衣を脱ぐのだから、ある意味冷静なのよ。体は汚されても晴れ着は汚されたくないみたいな・・・」
「女性らしい見方だね・・・、この話を読み返してみて新婚旅行での響子を思い出したよ」「どんなところですか?」
「『二十歳くらいの魅力的で清楚な感じのする女』 という部分と女がちゃんと男にお給仕が出来たこと」
「・・・?」
「ほら、『亭主はお前に免じて殺さずにおく』 といって男は去って行ったよね。女は落ち着いてお給仕が出来たんだよ。男に云われるままにあらゆることに。やられっ放しだったんだよ初夜の花嫁みたいに・・・ほら、箱根を思い出して」 といって私は妻の乳房を掴んだ。

「あなた、ちょっと厭らしいわよ。子供がいるんだから気をつけてね。子供って敏感なのよ。。。あなたの言いたいことは、女は若いのにパーフェクトに機能したと云いたいわけね。けな気だと・・・」
「ちょっと待った。”機能”って言葉をここで使うかね。大人が聞いたら厭らしいよ・・・、いずれにしても、作者は男に犯されながら夫を見ている女を記述することで、読者に落花狼藉の現場を類推させているんだよ。」
「行間を読ませるわけね・・・女が20歳だから夫と同年代の男は22歳位だろうとか、そもそも性欲の捌け口を求めての犯行だったのか、それとも現場で女の顔を見てその気になったのかとかね」 と妻が云うと私はこう付け加えた。
「そう、男は性格が明るくて人あたりも良く、こんなことをする人間には見えないのだろうとか、若いから一回では済まなかっただろうとか、素人ではなく常習犯なのだろうとか、かって同じ状況で女を手込めにした経験があるのだろうとか、夫の前でこの男に犯された女がいたのだろうとか、その女はどんな反応を示したのだろうとか、その場合夫の方はどうだったのだろうとかね・・・」

「でも、行間から感じるのは、女は男にあまり恨みを持っていないみたいね。起こっちゃことはしょうがないみたいな諦めではなく・・・、自分に落ち度はないという開き直りでもなくね・・・」 と妻。
「僕はね、女は男によって、いままで経験したことがないような境地に達したのだと思うよ。それを目の当たりにした軟弱な夫は、『女ってこうなるの!』 というショックで腑抜け状態。男が去っても震えが止まらないと思うよ」
「そうね、あり得るわね。自分で着衣を脱ぐほど冷静でパニック状態にならなかったのが良かったのかな・・・」

Ⅳ.日本書紀
「響子、パニックといえば日本書紀の中に女性がレイプされたと書かれている部分が一箇所だけあるんだ。大学で日本史を受講したら教授がその専門家で、一年間自分なりに研究してね」
「日本の古代歴史書よね。ヘロドトスの歴史書みたいな・・・どんなこと?」
「名前は忘れたが日本の将軍Aと副将Bが新羅の敵将Cと対戦してね、BはCの計略にはまり退却。兵を率いて野営地に戻るのだが、敵将Cは野営地を包囲して副将Bと幹部やその妻たちを生きたまま捕虜にするんだよ。当時は将官クラスの幹部は妻を同伴することになっていてね。夫婦や父子で戦場にでることも珍しくなかった。すごい激戦で、父が子を、夫が妻を思いやることができないほどのだったらしいよ」

「で、敵将Cは副将Bに、『汝、命と婦といずれが甚だ愛しき』と訊ねると、『自分の命ほど大切なものはない』 と答えて妻を差し出すと、敵将Cはその場で彼女を犯すんだよ」
「夫や部下や敵が見ている前で・・・ですか?」
「そうだよ、見ている人がいたから歴史に残ったわけだ。彼女は後に還されて、夫は会いにいくが、『軽々しく私の身を売ったあなたは、今、なんの面目があって会おうとするのですか』 ときっぱり再会を拒絶した、ということが書いてあって、この婦人は誰々の娘、何某と書いてある。

つまり、敵将に強姦された妻はなんら彼女の恥でなく、名前を秘す必要がないというわけ。だから、さっき紹介した今昔物語の女も強姦されても、夫に恥じることなく旅を続けたわけだ。もっとも一回目は強姦だったが、二回目は和姦になっていたかもしれないよ・・・」

「ちなみに日本書紀には、戦争の勝者による敗者への強姦記事は、国内の戦争では全くなくて、朝鮮で敵将にこの女性が犯されたという記事だけでね・・・もし、響子が副将の妻だったらどうする? 相手は外国人だよ・・・」 と訊くと
「仮定のお話には、お・こ・た・え・で・き・ま・せ・ん」 といって笑った。
「僕はこう想像しているんだ。頭のいい君は今昔物語の新妻のように自分が置かれた状況を理解しているはずだ。君を売った夫への恨みと、たとえ命を永らえても武人としての生命を敵将に断たれていることに気がつかない夫に失望しただろうね。だから、夫へのあてつけもあるだろうが、きちんと対応すると思うよ。相手は雑兵ではなく将軍だし、礼は尽くしているからね。
だから君が云っていた女の機能をパーフェクトに使って敵将にお給仕したと思うね・・・」

長い沈黙のあと
「あなたはカンダレアスの妃や藪の中の女は許せないけど、今昔物語の新妻や副将の妻は愛おしいのね・・・」 と言う彼女の目は、どこか遠くを見ているようだった。時計の日付は変わっていた。

Ⅳ.独白
この日からおよそ5年後に妻は裸身をわたし以外の男性に晒すことになる。そう、5年前のことだ。
起点は私が取引先の部長に家族の写真を見せたこと。接待ゴルフの帰りに私は部長と熱海から新幹線のグリン車に乗る。車内販売のウイスキーをやりながら四方山話から家族の話になり、私は娘二人と写っている妻の写真を見せた。二人とも顔が赤い。部長は写真を見ながらほしいという。
私は前を見ながらいいですよと答える。部長は本物だよと写真を返す。私はエエという。

まもなく横浜駅に到着しますと案内が入ると、部長は立ち上がりバックを肩にして私の脇に立ち、耳元で「本気だよ。悪いようにしないから」とささく。私は黙って「お気を付けてお帰りください」と言った。家に帰り妻に話すと、一言二言のうらみごとがあって、彼女は 「一度だけよ」 と言った。
半ばダメ元の気持ちで言ったのだが意外だった。
私は帰国してから折にふれ男と女の話をして、彼女の堅い心田に鍬を入れ、小石を取り除きながら時間をかけて少しずつ耕してきた。
数年前に固い石に当たり、半ばあきらめていたのに・・・。
後日談だが、彼女がOKしたのは相手が写真を見て夫を通して求めたからだという。
筋が通っていないようで、ちゃんと筋が通っているのだという。
まぁ、部長が一流企業の重役候補で学生時代はラガーマンであったことも影響したのだろうけれどそれを彼女は言わない。あなたを信頼していたからと云うだけで・・・

私の見方を加えると、娘たちが中学に入り週末にしか帰宅しないこと。妻の祖母がなくなったこと。娘たちに金がかかりはじめ、自分で仕事をはじめたこと。私も会社で業績を上げる必要があること。
この結果、部長は妻の裸身を見る二人目に男になる。今考えると私はカンダレアス王のような気持を持ち続けていたように思う。妻の本当の美しさを誰かに知ってもらいたいといったような思いから写真を部長に見せたのかもしれない。そんな私の気持ちを見抜いた部長は半ば冗談で、あるいはダメ元で言ったのかも知れない。とにかく瓢箪から出るはずのない駒は出た。
そして私は妻の裸身ではなく、別れ際の二人のキスシーンを見て衝撃を受け、それはすぐ感動に変わった。

それから半年後、私は同じ業界に身を置く同業他社の友人A氏に頼んで妻をレイプしてもらった。その何年か前大阪に長期滞在中の私を妻が訪ねて来たので、単身赴任の氏を誘って3人で食事をした後カラオケに行ったことがあった。今思うとA氏を食事に誘ったのは私が妻を見せたかったのかも知れない。

当日、私とA氏は舞台となる某ホテルにいた。もちろん舞台の設営には金がかかったが、彼女にとって一生忘れえぬホテルになるはずだから金は惜しくはなかった。
その前日、私は出張先の仙台から東京の妻に電話して、事情があって帰れないから、明日某ホテルにいるA氏に自宅のデスクにある書類を届けくれと頼んだ。そのとき妻にA氏は大阪であった人だということは教えた。
フロントから来客の連絡があり、A氏は妻と電話で話しているらしい。
しきりに部屋に来るように頼んでいるようだ。私は気をもんだが、しばらくして、「見えますよ」 とニッコリして受話器を置いた。私は寝室に入りドアをほんの少し開けて妻を待った。
A氏は自信があるという。万が一収拾つかなった場合は私が出て行って妻に説明しなければならない。

表向きの用件が済んで帰ろうとする妻は、後ろから付いてきたA氏にいきなり背後から胸を抱きしめられ、A氏のもう一つの用件を知ることになります。 長年守り続けてきた人妻の矜持を部長のために捨ててしまった彼女は、もうA氏の敵ではなかった。・・・・・・
要所・要所で抗う姿勢はみせるが、
Trust me !  I want you.   Beautiful !  を意味する日本語をささやかれながら、次々と塁を奪われていった。従ってレイプとは云いがたい結果に終わったが、これは私の予想していたことではあった。

それらしかった所は、A氏が妻の訴えを無視して、フロアーの上でスーツ姿の彼女を犯したことと、私や部長では経験したことのない厳しいフィナーレを妻が体験して、A氏がその場を離れてからもしばらく起き上がれずにぐったりしていたこと。・・・・・・

終って解放されるとしばらくしてカーペットから身を起こし、しどろにされたスカートを直しながら横座りになり、胸元に目をやりながらブラウスのボタンを嵌めている。A氏が戻ってくるとその手を止め、彼を見上げている妻。 芥川流に云えば、私はあの時ほど美しい妻を見たことがない。

妻は祖母に幼少時から母親が云いにくいことを何かと教えられてきたという。母親のように美しい少女になると思ってだろうか。なにかあったら必ず親に打ち明けなさい。結婚したら夫に報告しなさいと。結婚してから何度か私に報告があった。パリの地下鉄の通路で男にすれ違いざまに乳房を握られた。東京の地下鉄の連絡路で後ろから両乳房を揉まれた。整形外科で医者に必要以上に胸を触られた。娘のピアノの先生に迫られた。このとき、少しぐらいはいいじゃないのと云ったら喧嘩になった。

その後この件を私に告白するが、私の友人であったので悩んだという。 というのは、大阪でカラオケで一緒した時、私がトイレにたった隙に妻の胸にふれたそうで、あの時報告しなかった私も悪いと反省していた。 つまり、あの時報告しておけば私が彼女に書類をホテルへ届けろと云うはずがないと信じているのです。やっぱりおばあちゃんの教えは正しかったと。
いずれにせよ、のぞいていた私は敵将に妻を売ったかの副将のような気がしたし、カンダレアス王に妃の美しさを証明するために、のぞくことを命じられた近習ガイジスの気分を味わったような気がした。

告白によれば、途中で状況はもうどうすることも出来ないとこまで来ていることを知った妻は夫に恥をかかせないように、かたちをつくりながらA氏の軍門に降ったという。
彼女の話を聞き、日本書紀で記述されている敵将に強姦される副将の妻もかくありなんという思いがした。その後しばらく副将の妻は釈放されなかったが、妻も引き止められ、今度は寝室でA氏にパーフェクトな女の機能を引き出されたという。ちなみに、私は彼女がバスルームに入っている時、寝室を出たのでその様子は分からない。

そのまた半年後、件の部長が栄転で海外支店へ転勤することになり、私たちは食事に招かれた。二人には云わず語らずという暗黙の了解があった。 
餞別に妻は部長の振り付けで舞った。
私は必要なとき踊り手を介助する黒子役。 黒子は舞台では見えても見えないのが約束ごと。

あれから5年が経過した。 以来部長とのコンタクトはない。 花は散るから美しい。 営みは終わりがあるから美しい。

〔この作品にはメンバーのみが感想を投稿できます〕


7377 ざいつファン 2010-02-23 寝とられ   
作者を見ないで本文を読ませていただいた。読んでいるうちに投稿者がざいつさんではないかと思った。
最後にざいつさんが感想を述べられていたので、ざいつさんの作で(タイトルみれば珊瑚七句さんである事はわかることですが)ない事は分かったがざいつさんでなくともこうした描写でより深い性の神秘性を語る作品が最近少なくなりましたね。失礼熱心な寄稿者様お許しを 

7332 これまで乱雑に散らかっていたピースがひとつになった 2010-02-17 ざいつ   
久し振りに「小話」コーナーを覗いた処、珊瑚七句さんの投稿を見つけました。

珊瑚七句さんとは、奥様を取引先の部長さんに差し出す等のお話を、もう四・五年もむかしに「小話」コーナーで散発的に披露なさっていたかたで、直接的な性描写はもうサラーッと流す替わりに、奥様の心境やご主人(珊瑚七句さんご本人)の心模様を、ご夫婦の会話中に「これでもかっ!」と書き込んでゆくタイプの投稿者さんです。

で、これがエロいのです。エロエロです。

寝取られ/寝取らせは、通常の官能目的の文章とは違って、いわば気持ちの葛藤や悶々と屈折した思いがそのエロスの核心な訳で、そういう意味では性描写など皆無(ゼロ)であっても十二分に成立する分野なのだと思いますが、かなりそれに近いものがあります。

本投稿では、過去のそれら出来事に関する背景といえなくもない、ご夫婦の性に関する考え方、夫と妻相互への理解の在り方が、ご夫婦の会話という形式をとって示されます。ヘロドトスの『歴史』中の有名なエピソードなども引き合いに出されながら。
そうして、本作もまた「どエロい」です。性描写は薄~いのに(笑)

ただ、四・五年前に同じ作者さんがアップされた散発的な投稿(前述)の内容を知らないと、本作をあまり面白いとは感じられないだろうなあ、とも思います。

ですので以前の投稿を下に掲げておきます。
タグが埋め込めませんので「ワン・クリックで」という訳にはゆきませんが、熱意のある読者の方は、下記リスト左「小話ページ番号」からご自分で手繰り寄せて、それら過去作品(小話)を読んでみて下さい。
愛妻倶楽部、日記・小話の全投稿中でもかなり上位に位置するエロさがある、ということだけは保証致します。


021番「案ずるより産むが易し」(筆者名が 3579。部長さんとのコトの発端)
058番「ソフトレイプされる妻」(部長さんとは別の、YM氏に奥さんをソフトレイプさせる相談)
064番「ソフトレイプされた妻」(YM氏のソフトレイプの様子)
075番「妻とのダイアログ」(育ちのよい奥さんとの馴れ初め。部長さんについて奥さんとの会話)
102番「妻と部長のコンチェルト」(海外赴任する部長さんとの三人きりの送別会)
123番「妻とのダイアログII」(空港で部長さんを見送った後、ホテルでの夫婦のムラムラする会話)
143番「妻とのダイアログIII」(奥さんの、YM氏との過ちの告白。もう夫婦の睦言そのもの)
147番「YM氏妻を語る」(ソフトレイプの際の詳しい様子を、YM氏本人から聞き出す)
151番「妻とのダイアログIV」(147話でYM氏から聞いた話を、今度は奥さんの側から聞き出す)

7323 感動した! 2010-02-16 小泉純一   
他の読み物は流し目に読んでしまうが、この作品はゆっくりと読むことをお薦めします。できればニ度、三度。

小説家ではなく といって素人でもなくある愛妻家の重厚な内容に感動しました。