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ページ番号151番
★ 妻とのダイアログⅣ ★ 珊瑚七句 (東京都) 2006-01-29
頁番号147の続きです。このストーリーの系譜は頁番号75・21・58・64・102・123・143・147の順です。
横浜で知人の絵の個展を見た帰り、湾岸道路を経由して京浜島によります。妻からYM氏との出来事の結末をきくためです。このことは前夜妻にいってあります。 目的地に着くと日はすでに暮れています。低く垂れ込めた雲をコンビナートの明りが照らしだしていて、目の前は羽田空港です。 水路を隔てたはるか遠くにナトリューム灯のオレンジの光がターミナルビルを中心に帯のように広がり揺らめいています。そしてキィーンというエンジン音のなか左から右へジェット機がゆっくり降下しながら滑走路と思しき方向をめざしています。客席の窓の明かりも見え、しばらくしてその明かりが水平になると、十数秒後にゴオーという逆噴射の音が届きます。 左に目をやると後続機が翼灯を点滅させバンクを取りながら大きく旋回しランデイングアプローチに入ろうとしています。 私たちは飛行機を目で追いながら、十数年前に来たときの様子を思い浮かべその変わり様についてあれこれ話をします。 私は近くの自販機から缶コーヒーを求め、それを妻に手渡すのを機に話を切り出します。車の外は身を切るような寒さです。 「今日は二人とも素面だからね。今までとは勝手が違うけど飛行機のコックピットの中にいると思って気楽に話して。」と言うと妻はヘッドレストに頭をゆだねるとゆっくりこちらを向き 「そうね・・・」と云うとしばらく間を置いてから話はじめます。 「シャワーを浴びて、お化粧を直してから外に出ると靴がないのよ。スリッパが置いてあって。」 「そこへバスローブ姿のYMさんが来て“お茶でも飲んで待っていて下さい”といってバスルームに入ったの。私と入れ替わるようにして。」 「含みのある一言だね。」 「テーブルに、紅茶セットとトーストサンドがあるのよ。」 「食べたの?」と訊くと 「食べるわけがないでしょう。そんな心境じゃないのよ。時間もないし。」と訊かれたことがよほど心外だったようです。 「靴を探したけど見つからないの。YMさんに訊いたらベッドルームだというのよ。」 「入ったの?」と訊くと頷きます。 「暖房が効き過ぎてあついのよ。奥のベッドの上にはYMさんの脱いだものがあって、手前のはシーツが剥き出しになっているのね。」 「あったの?」 「見当たらないのよ。クローゼットを開けたらコートとジャケットはあるの。」 「・・・」 「それを取ってクローゼットを閉めたら、YMさんが入り口に立っているのよ。」 「随分早いね。」 「心臓が止まりそうなくらいびっくりしたわよ。」 「サスペンスドラマのワンシーンだね。」 「そうね、まだそこにいるはずがない人がそこにいるとね。」 「“奥さん帰るの?”と訊くから事情を説明したのよ。」といってから缶コーヒーの蓋を開けると一口飲みます。 「そうしたら、“約束が違うだろうが、奥さん!”と私のところに来ると、コートと上着をひったくるようにとって奥のベッドに投げるのよ。」 「怖かったわー。本当よ、あなた。」と私をのぞきこむように云います。 「なにか約束をしていたの?」 「してないわよ! “シャワーを使わせて”とお願いしたことを逆手にとって言い掛かりをつけているのよ。」 「だからこの前いったでしょう。あれは拙いよって。誤解を受けるよって。」 「・・・」 「メインデイシュだと思ってゆっくり味わって食べようとしていた魚料理を前に、もう一皿ステーキが用意されていると知らされたら、魚料理はそこそこにして、次の料理に期待するよね。」 「またたとえ話ね。」 「一回目のときYM氏は君に執着した? 意外に早く終わったのじゃない?」と訊くと 「そうね、もう我慢できないと云っていましたからね。」と答えます。 「早く次のオモテナシにありつきたくて、気もそぞろといった感じだね。」 「そうなの?」と他人ごとのように呟く妻。 「それがシャワーを浴びて、さあこれからと思っていたのに出鼻を挫かれ逆上した訳だ。」とYM氏に同情してみせます。 「腰をギューと抱き締められベッドに押し倒されてから、あっという間に脱がされちゃって。」 「一度経験済だからね。YM氏手馴れているね。」とフォローします。 「YMさん、私を見下ろしながらバスローブの紐を解こうとしているのよ。」 「ウン」と頷くと私はコーヒーを飲みます。 「カラダを起こしてベッドに腰掛けるような格好でいったの“今日は帰して”って。」 「K子、君は学習できていないよ。そんな一時凌ぎのことを云って。相手につけいる隙を与えるだけだよ。次の日を期待するよ。」と私は驚きます。 「そうしたら、いきなりパーンと叩かれたの。」と頬に手をやる妻。 「ヴァイオレンスだね・・・YM氏は全身で怒っているの?」 「?・・・そうよ、もう目の前で、思わず目を瞑ったわ。」としんみりとします。 「それで?」 「肩を突かれてそのまま倒されたの。何で叩かれなきゃいけないのと思うと、悔しくて精一杯抵抗したのよ・・・でもだめね、手首を押さえられちゃうと。」と遠くを見るような目つきで話します。前を見るといつの間にか大粒の雨がフロントガラスを濡らしています。 「外堀を埋められちゃっているしね。あとは一直線かー」 「でも精一杯って、噛み付いたり、大声を出したりしたの?」と訊くと首を振ります。 「どうして?」とさらに訊くと、しばらく考えたあと思い起こすように述懐します。 「中三のときね。日曜日に友達と映画を見たのよ。帰り、一人で夜道を歩いていたら、車が近寄ってきて声をかけるの“乗っていかない?”って。」 私は15,6歳時の妻のアルバムを思い出し、結婚する6年前かと脈絡のないことを一瞬考えます。 「送り狼かい?」 「年の割には大人に見られていたから、そうかもしれないし、単なるナンパかもね。無視して歩いたら、車がスーと前に出ると止るのね。」 「・・・」 「怖いから知らないお宅に飛び込んで家に電話してもらったのよ。」 「お祖母ちゃんしかいなくてね。そこのご主人が車で送ってくれたの。」 「翌日夕食のあと、お祖母ちゃんの部屋に呼ばれて教わったのよ。色々」 「なにを?」 「女の危機管理についてよ・・・YMさんと私のケースみたいなときの。」 「それで“シャワーを使わせて”とか”今日は帰して”とか事態を先送りしようとしたの?」 「刹那、刹那に出たことですからね。わからないわ。」 「とにかく、引っ掻いたり、噛み付いたり、大声をだしたら駄目だといわれたの。気が小さい男は逆上して最悪のことになるから冷静になって状況を判断しなさい。場合によっては諦めなさい。そうすれば命までとられないからって。その状況も具体的によ。」 「お祖母ちゃんの経験からかな?」 「そうじゃないわよ。当時いろいろ事件があったのよ。こう云う話は母はできないのよ。わたしに。」 「君はできるの? 二人の娘に?」 「できないわね・・・」と云うとしばらく沈黙が続きます。 「まえにもいったと思うけど、小さいときから“女のカラダは大切なお嫁入りの道具だからね。傷つけちゃだめだよ”と言われながら育ったの。膝を擦り剥いたりしたときね。お祖母ちゃんに」 「5年生になった時“お医者さん以外の男にカラダを触らせてはだめだよ。K子のお婿さん以外はね”て、お風呂で云われたわ。」 「孫が現実的な場面に遭遇して、何が一番大切なのか教えたかったのよ。身の処し方を。教えてきた事を軌道修正したのね。」 「高校のときはね、夫に可愛がってもらえる妻について色々とね・・・だからあなたは幸せなのよ?」と私をいたずらっぽい目をしてからかいます。 「僕もお祖母ちゃんに感謝しないといけないな。」 「K子、この前YM氏が終わったあと涙が出たとか云っていたよね?」と話を一月前の二人に戻します。 「・・・そうね。」 「その涙ね・・・”不注意でこんな事になってしまったけど、教えられたように出来ましたからね”と、天国にいるお祖母ちゃんに対するお詫びと感謝の涙じゃないの?」 「・・・そうね、・・・あなたすごいわね、そういう私の気がつかない深層心理までおわかりになって。だからいつも優しいのね。好きよ、そういうあなた。」と持ち上げられ気恥ずかしくなり 「それでどうしたの?」と話を元に戻します。 「もう諦めたの。身動きが出来ないのよ。じーっとしていたわ。重たいのよYMさん。そうしたらパーンという叩かれた音が甦ってきてね。頬があついのよ。」 「初めてなの、暴力を振るわれたの?」と訊くと黙って頷きます。 「バザーに間に合いそうにないから、電話連絡をしたいのよ。だけど全然無視されて口をきいてくれないの。怒っているのね。」 「電話なんてしなくたって、たかがバザーぐらいで。」 「あなた責任者のひとりなのよ。無断で欠席したら信用をなくすわよ。女の世界って厳しいのよ。あなたが考えているよりも・・・」 「相変わらず上昇志向が強いね。」 「もう泣きたくなったわ。」 「YM氏を受け入れちゃっているの?」と訊くと頷きます。 「デッドロック状態だね。何か打開策を講じないと。飛行機ならエンジンストールで滑空中だからね。」 「・・・」 「“啼かぬなら泣くまで待とうホトトギス”の心境かなYM氏は。」とYM氏との話を思い出しながら妻に語りかけます。 「そうね、とくかく電話をしなければいけないと思うと切なくてね。あなた、本当に泣けてくるのよ。」 「泣いたの?」と訊くと黙って頷き 「ベソをかいたの。子供のとき以来ね。」と呟くと目を閉じます。 「“泣く子と地頭には勝てない”と昔の人は言うけど、電話をさせてもらえたの?」 「しばらくしてからよ・・・階段を踏み外して捻挫したようだから、しばらく様子をみてから医者に行きますからということで。」 「君らしいね。」 「電話に出たMさんが“頭は打ってないの。本当に辛そうね。ご主人に連絡したの?”と本当に心配そうなのよ。なんだか申し訳なくて。」 「そうだね、YM氏に組敷かれたままではね。恐れ多いね、先輩に対して。」と妻に同情すると 「寝て話すと声がいくらか違うでしょう。まして胸を圧迫されているし。なんだか変な臨場感が出ちゃって。」と弁解する妻。 私は明かり採りに点けていたナビを消すとコンソールの僅かな光が妻の横顔をうつします。 「それで?」 「ブラウスを脱がされてね、お相手をしたわ。YMさんの汗でシミが付いているのよ。」 「電話も済んだし。後は楽しまないとね。」と妻をからかうと 「あなた本気でいっているの!」と少し気色ばります。 「冗談ですよ・・・少し話が湿っぽくなったからさ。」 「・・・」 「YM氏は口を開いたの?」 「そうね、何か云っていたわね?」 「どんなこと?」 「よく覚えていないわ。」 「君は?」 「叩かれたのよ。生まれてはじめて。黙っておまかせするだけよ。」と唇をかみしめます。 「辛かった?」と妻の肩に手をやると 「色々ね・・・ベッドから上半身落とされたりして・・・」としんみりと答えます。 私は飯田橋での夜、部長の指示に恥じらいながらも、素直に応じている妻が頭に浮かびます。 「”瀕死の白鳥”のプリマだね。色白だし。支えられてうまく舞えた?」 「・・・」 「K子の姿が目に浮かぶよ。飯田橋の君を見ているからね。」 「どういうこと?」と訝しがります。 「僕が普段、君を抱くときは1メートル以内のK子しか見られないからね。しかも上半身だけね。」 「飯田橋のとき襖を少し開けて見たのよ。3、4メートル位先で部長に抱かれているK子を。」 「見ていたの!」と目を見開いて驚きます。 「襖越しに部長の声も聞こえるし、時々欄間を通して君の声も天井から聞こえたりしてね。」 「フスマというフィルターを通して聞く寝間の息遣いは影絵を見ているような幻覚におそわれてね。」 「それに加えて僕のいた部屋は電気が消されていたからね、欄間から光が漏れてね、天井に影がゆれるのよ。衣擦れの音に合わせて。もう我慢できなくて、覗いたわけ。」 「・・・」妻は黙って聞いています。 「至福の時でね。一幅の絵を見ているみたいで。全身が見えるからね。柔らかく波打っている君の。これが僕の妻かと思うと誇らしくてね。部長に。部長も興奮しているし。」と妻を讃えると 「あなたはいつでもいうことがオーバーなのよ。」と静かにいいます。 「“隣の芝生はよく見える”とはよくいったものだね?」と妻の同意をもとめます。 「遠くから見るとアラが見えないということ?」 「そうじゃなくて、他人に委ねて距離を置いて見ると今まで気がつかなかった君のいい点が見えてくるということ。」 「具体的にいってね。」 「全体的にバランスがいいの。動きがしなやかで。うまく言えないけど。足だとかフクラハギがセクシーであることもわかったし。」 「それなら、あなたの目の前で部長に抱かれている私はどうなの?」と妻は一歩踏み込みます。 「目の前だからね。今どの筋肉が緊張しているのかということまで見えてね。脚のこの辺の静脈がウッスラ透けてみえたりして。」と私は自分の内股に手をやります。 「よく見ているのね。」とあきれ顔の妻 「見ているだけじゃないよ。こうして目を瞑るとね。枕元の水差しとグラスがカチ、カチとクリスタルな音を出しているのが聞こえたり、香水のフレェイバーだとか二人の醸し出す微妙なスメルが届いたりしてね。」 「・・・」 「君が部長に何か言わされようとしているから目を開くと、一輪差しが揺れていてね。」 「・・・」 「攻められていたね。どうして言ってあげなかったの?」と訊くとしばらく間をおいてから答えます。 「そんなこと口には出せないわ。子供の父親であるあなたの前ではね。」 「僕を通して子供を意識しているわけ?」 「言葉という字は言霊(コトダマ)に由来していて、口からでると魂が宿るそうよ。これ部長さんの受け売りよ。」 「それでボデートウキングをしていたの?」 「・・・?」 「こう部長の首に手を回してさ、甘えるような仕草で“許して、それはいえないわー”というような表情で部長に訴えていたね。そういうのをボデートウキングというの。」 「そんなことしたかしら?・・・よく覚えていないわ。」と笑います。 「相手が僕だったら“だめ”と言うか、せいぜい首を振るぐらいかな。」と妻をからかうと 「そうね、子供の父親ですからね。部長さんは他人よ、お客様よ。」と真面目な顔でいいます。 「あなたはどうなの? 目の前で自分の子供の母親が男に抱かれているという感傷はないの?」と私を見据えます。私はしばらく考えてから話をはじめます。 「また例え話だけど、僕が君から帝劇のチケットをプレゼントされて見に行ったとするよ。」 「帰宅して“すごくよかったよ。感動して涙が止まらなくてね。余韻に浸って日比谷通りを二駅歩いたから遅くなったよ”と言ったら、自分の事のように嬉しいよね。出来れば自分もその場にいたかったと・・・」 「そうね・・・」 「帝劇を部長とすると、二人で帝劇に行ってね、隣の妻が感動する様を見るのが僕の喜びかな。それを見て性的に自分が興奮するわけでないし、子供の母親という意識は全くないよ。」 「・・・」 「・・・それでYM氏はどうしたの?」と話をもどすとシートを少し倒してから素直に語りはじめます。 「“気持ちいい?”と訊くのよ・・・無視していると繰り返し何回も。」 「もうしょうがないから、“気持ちいいわー”といってあげたの。」 「気持ちよかったの?」 「成り行きでね。」 「それで?」 「そうしたらね、“教会のバザーをサボって気持ちがいいなんて不謹慎だね。僕が神に代わってお仕置きをしますからね”といって激しく責められたの。」 「往かされたの?」と訊くと頷きます。 「もうぐったりしてね。なにも考えられないのよ。ただ呼吸が整うのを待っている感じね。目を閉じて。そして動悸が少し収まってきてからね、今私何をされたのかな?といった感じね。」 「そんなに深いエクスタシーを与えられたの?」 「YMさん本当に神がかりなのよ・・・」 「目をひらくと私のスカーフで手首を縛ろうとしているの。“奥さんもちゃんとこうしてしっかりお祈りしないとね“といいながら。」 「君はどうしたの?」 「頭がまだぼんやりしいて、されるままね。」 「でもすぐ、ベルトを持っているのがわかったの。」 「怖かったわー、それでパーン、パーンと枕を叩くのよ。おもわず目を瞑ったわ。」 「そしたら“主の前で膝を崩すと失礼だからね”といってこの辺をバインドされたのね。そのベルトで。」と両手を黒いピケのタイトスカートの裾に置き指先を左右に開きます。 「そのとき意識はハッキリしていたのに、抵抗しなかったの?」 「叩かれない、よかったという思いが先立ってほっとしたのね。協力したのよ。今思うと不思議ね。」 「“叩かないで、はやくそれで縛って”みたいな心理がはたらいたのかな?」と訊くと 「分からないけど、そうかしら・・・」と呟きます。 「ギューと縛られたら頭がしびれるような感じなの。毛穴がキューッと締っていくような。」 「そのスカーフ、今でもあるの?」 「あるわよ・・・あなた、なにを考えているの?」と訝しがります。 「そういうことじゃなくて、忌まわしい思い出がまとわり付いたものだからね・・・棄てたかと・・・」 「・・・」 「ともかく、手足を縛られて手籠にされたわけだ。」 「テ・ゴ・メ?」 「Violation」 「そう云う意味ね・・・状況は少し違いますけど?・・・」 「いや少しも違わないよ。」 「テゴメって字で書くとハンドの手と馬籠宿の籠ね。この籠という漢字はカゴとも読むよね。竹で編んだ。カゴは竹のしなやか性質を利用して編むから丸いよね。ここから籠という字には真っ直ぐなものを”丸める”だとか”丸くする”と言う意味もあのよ。」 「そうなの。」 「だから宥め賺して言い包めることを”籠絡(ロウラク)”するというでしょう。口先で丸め込んじゃうわけよ。呑めないものも呑めるように。」 「あなた、その手つきちょっといやらしいわよ。」 「だから真っ直ぐな君のカラダも脚をたたまれ茹で卵のように丸められて・・・」 「・・・」妻は黙って聞いています。 「手を合わせ膝を折って許しを請うたの? 神の下僕に」 「言わされたのよ。あなた・・・」 「全身全霊でコミニュケイトしたの? なんて?」 「たくさんあって忘れたわ。でもね、このとき“KMさんの奥さん”と呼びかけるのよ。今までは“奥さん”だったのに。」 「K子に人妻であることを意識させるためかね。それとも、僕の妻を犯しているという感覚かな?」 「分からないわ。でもね、手足の自由を奪われ窮屈な格好でカラダを支配されちゃうと精神は逆に解放されるのよ。不思議ね。子供みたいに。」としみじみと云います。 「胎児みたいな格好だからね。中国語で手籠のことを籠子と言うのだけど大人のカラダを子供のように小さくして気持ちも子供のように従順にさせるという意味かな?」 「そうね、師と弟子の関係みたいね。いわれるままに素直になれるのよ。」 私はまた飯田橋での妻の様子を思い浮かべます。 「K子、君は”グッド ストーリー テラー”だね・・・僕の想像をかきたてて。」 「・・・?」 「ベッドに正座して、ままならぬ両手を添えて清く正しくお仕えしたの? 神の下僕に?」 妻は左手の指の背でゆっくりサイドウインドウのくもりを拭うと、水路を行く船の灯りを目で追っているようです。 「あなた、YMさんに話したの?」と横を向いたまま静かに云います。 「そんなこと絶対にないよ。そんなこと僕の立場を考えれば分かるだろう?」と否定すると、ほっとしたのか妻の肩の力が抜けるのが分かります。そして前を向きため息まじりに 「そうよね・・・」と呟きます。 「どう手籠めにされた感想は?」 「はじめから終わりまでほとんど手籠め状態ですからね。疲れたわ。」 「そういえばあの日僕が帰ると腰が痛いとか、首が痛いと云っていたな」とからかうと 「そんなこといった覚えはないわよ。」と強く否定します。 読者諸兄諸姉には頁番号64の最後の段での二人の会話を思い起こしてほしい。 「君にとって部長とYM氏の違いはどんな点かな?」と訊きくと、しばらく想いをめぐらせてから話はじめます。 「飯田橋のとき、あなたがだめで出ていったあとね、部長さんが私を抱き起こしてくれたのよ。何も言わずに。」 「ウン」 「それから私をこうギュウーと抱きしめながら“すまない、恥ずかしい思いをさせちゃって、ご主人がどうしてもときかないものだから・・・K子もう離さないよ・・・いいね?”というのよ。」 私は“部長、それはないでしょう!”と一瞬ムッとしたが、妻の話の腰を折ってもいけないので黙って頷きます。 「救いようのない格好で晒されているわたしを助けてくれたの。それくらい女の気持ちがお分りになるのよ、部長さん。」 「・・・」 「ただ、“いいね?”がもう一度部長さんのお相手をすることだとは思わなかったわ。」 「どう思ったの?」 「“離さないよ”という言葉をプラトニックなものとしてうけとめたのね。だからうなずいたのよ。でも今思うと、そのときはそんな難しいことを考えていたわけでないのよ。」 「部長も男として現実的であったわけだ。」 「そうね。寝かされるときアレって思ったの。」 「夢から現実に呼び戻されたね・・・それから」 「あとはあなたもおわかりでしょう?」 「長い間所有されたねえー、部長に。黒子の身にもなってよ。」と妻をからかいます。 「そういうことは部長さんにいってね・・・」と私をにらむと、また前を向き話を続けます。 「あれがYMさんの場合なら、あなたが出て行ったあとすぐ私に身を重ねてきたでしょうね。“いいかい?”といいながら。それくらい違うのよ、部長さんとYMさん。」 「終ったあとね、のどが渇いて水が欲しいのよ。だけどあなたその水を飲みにいく気力がないの。ぐったりしちゃって。」 「長いバトルもあったしね。」 「でも後始末をしてあげたの?」と飯田橋での妻を思い浮かべながら訊きます。 「そうね、それはね・・・」 「労ってあげたわけだ。昨日の敵は今日の友みたいに慈しみながら。」 「あなた妬ける?」 「いや、君のカタチだからね・・・それで」 「眠ったわ。YMさんに後ろからぴったり抱きつかれながら。」 「寝物語は?」 「していたみたい、でも私には心地のいい子守唄よ。」 「そうか、抱かれながら眠りに落ちたか。」 「フロントからのコールで目が覚めたの。一時間以上たってからね。“クリーンナップのお時間です”って」 「ウン」 「身なりを整え終わってからね、YMさんがミネラルウオーターの栓を抜いて私に渡すのよ。私も寝起きしたばかりであたまがボーッとした状態だから黙って受け取って一口飲んだの。」 「珍しいね。こういう場面で君がラッパ飲みするの。子供にはいつも注意するのに。」 「だから、まだ頭が目覚めていないのよ。のどは渇いているし。」 「・・・」 「そうしたらね、YMさんそのボトルを私からとってね、一口飲んで私に返すの。」 「“俺の女だろう”って云われているみたいで嫌な感じ。」 「オンとオフをわきまえてみたいな?」 「そうね・・・部長さんならそういうことはしないはずよ。」 「僕の知っているK子なら、まず二つのグラスに均等に注いで、相手に渡してから自分も飲むよね。」 「そうね、確かに」 「そうしなかったということはK子がYM氏に隙を見せたというか、心を許したというのかいまくいえないけど。」 「あなたのいうようにYMさんに籠絡されカラダは許しましたが、心まではね。」 「気持ちは分かるよ。でもすべてを曝け出したのでしょうYM氏の前に?」 「そうね・・・言われたとおりにするのが一番楽ですからね。」 「僕に言わせるとね、“二人の仲はもうこんな関係よね”と口飲みをして君がYM氏に語りかけている姿が目に浮かぶね。それを受けてのYM氏のアクションは君の問い掛けに対してスマートに答えているよ。」 「あなた相変わらず想像力が豊かなこと。」と私の方を向くとからかうような視線を送ります。 「YMさんが下までついてきそうな気がしたから、ドアの所で挨拶して部屋を出たのよ。」 「ウン」 「タイミングよくエレヴェーターが来たから乗ったのね。行き先を確認してから前を見ると、YMさんがE.Vホールの入り口で土下座しているのよ。」 「黙って?」 「そう、びっくりしたわー本当に。」 「君はどうしたの?」 「無視したわよ。私と係わりのない人のように。」 「そのE.Vに外国の老夫婦が乗っていて目を丸くしていたわ。」 「“OH MY GOD!”といった感じ?」と大げさな身振りをすると 「そうね。私もあわてたのね。CLOSEとOPENを押し違えたりして。」 「K子、最後にひとつだけ教えて。」 「・・・?」 「靴はどこにあったの?」 「デスクの引き出しの中よ。もうー、本当に悪知恵が働くのよYMさんたら・・・」 「でも今考えてみるとYMさんも憎めないひとね。」と遠くを見るような目で呟きます。 「リスクを冒してまで、君をもとめたから?」 「・・・」 *余談* 帰路雨の週末ということで渋滞に巻き込まれ、ファミレスで食事ということになりました。妻がスカーフに手をやるので「お気に入り?」と訊くとクスッと笑って答えません。
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