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ページ番号147

YM氏妻を語る

珊瑚七句 (東京都)   2006-01-13

頁番号143の続きです。なおこのストーリーの系譜は頁番号75・21・58・64・102・123・143の順です。

年が明けてから大阪にYM氏を訪ねました。電話で前もって事の次第を伝えると
「一年近くたってから?・・・さすがにアタマがいいですね。奥さんは・・・賢いという意味ですよ・・・いつでもいらっしゃい。奥さんを肴に飲みましょう。」と屈託のない様子にほっとして電話を置きます。

当日は市内で所用を済ませてから大阪駅で18時に待ち合わせ駅裏にある大衆焼肉店に案内されます。店内はまだ客もまばらで、前後を低い衝立で仕切られた小上がりに通されます。
お酒を熱燗で注文するとYM氏は上着を脱ぎ、裏を表にして小さくタタミながら
「あなたを煙に巻くつもりはないけど、こういう所もたまにはいいでしょう。偉くなるとこのような店とも縁遠くなるし。」と独りごとのように云うのを受けて
「サラリーマンには気の置けない赤提灯が一番ですよ。」とフォローします。
「ところで、新しい名刺もらえる?」
「あっ! すいません。遅れまして・・・お陰さまで」といいながら名刺を差し出すと一瞥した後丁寧にそれを名刺入れに収めます。
「あとはオンボードですな。」
「なかなか、私なんかには。」と顔の前で手を振って否定すると
「志は大きく持たないと・・・能力は申し分ないし、一豊の妻はいるし。」とニヤリとします。

酒が来ると私を左手で制しながら徳利をとり二人の盃に酒をみたします。
「私も暮れに辞令が出てね・・・広島の責任者としてね・・・」
「そうですか! それはおめでとうございます。」
「3,4年で本社に戻れないと、そのまま上がりのポストだからね。」と心なしか寂しげです。
「ともかく再会を祝して」といってから盃をあけます。

そのあとは業界の情報や人の消息などの話題で30分ほど経過すると客席も半分ぐらい埋まり遠い席の客が煙で霞んで見えるそれらしい雰囲気になります。ただ、アルコールがまだ進んでいないのか人数の割には静かです。私は最終の“のぞみ”で帰る予定なので本題を切り出すタイミングを見計らっています。耳を澄ますと衝立の後ろの話も聞き取れるので躊躇していましたが大ジョッキが運ばれてきたのを機に話を切り出します。

「YMさん、昨年お願いした車の件ですけど・・・どうでしたか?」とYM氏の得意とする分野に話題を振ります。一瞬怪訝な表情を見せますが、すぐ了解したようで
「ご依頼の件ね? 電話で概略はお話をしていますよね?」と真顔でいいます。
「変な癖がついたのではないかと、ご心配のようでしたけど。」
「異状ないですか?」
「あなたもご覧になったように、加速、制動、ハンドル、スプリング、足廻り、ホーン等まったくね。潤滑油も十分だし。」
「以前にくらべるとエンジンの音が変わったようだし。ハンドルの遊びが小さくなったような気がして・・・」
「KMさんが大事に乗りすぎて、車の良さを引き出していないよ。これある意味車に取って不幸なことでね・・・第一にハンドルの遊びが小さくなったということは、それだけシャープな反応をするわけ。言い換えればスポーツカーに近かずいたわけで歓迎すべきことじゃないですか。」
「・・・」

「KMさん、誰かに車を貸したことがありますか?」
「ええ、一度だけ取引先の部長に。」
「その人が東名で目一杯ぶっ飛ばしたのかな・・・私も乗ってみてそんな誘惑に駆られたな・・・レスポンスが抜群なのよ。アクセルを踏み込むと車体が沈み込むように加速するけど、ドライバーにショックはないのよ。タイヤと緩衝器がいいのか、車体の剛性がしなやかなのか。」というとジョッキを口に運びます。

「乗っていてね、オーナーさんが羨ましくてね・・・よく乗るの?」
「週に一度あるかないかですね。平均すると月に2,3度かな。それもごく近場ですけど。」と応じます。
「長距離を乗って加速・減速をしながら高速を飛ばさないとあの車のよさは分かりませんよ。」
「法定速度厳守で一般道でもいつも煽られています。」と笑います。
「それじゃー追い越しとか進路変更なんか滅多にしないのでしょう?」
「そうですね、もっぱら正面を見て安全運転を意識していますね。」
「それじゃーあの車の良さを堪能できないね・・・ギィヤーをバックに入れてもスムースだし。」と真剣な眼差しで私を見つめます。私はバックという言葉に一瞬戸惑いますが冷静に対応します。

「そうですか。それは・・・どうも・・・」
「オーナーさん経験ないの?」
「・・・車が嫌がるのですよ。」
「ちゃんと手順を踏んでないのかな? 2速からいきなり入れようとすると・・・それとも人をみるのかね?・・・馬は乗り手の技量を瞬時に見分けて対応するらしいけど。」と私をからかうように云うとロースターからヒョイと焼肉を摘み上げ口にしてから、火の加減を調節します。

「30分くらい運転して車の性能の良さに感激してね。もちろん外観も抜群なのは言うまでもないよね。そうしたらオフロードに乗り入れてこの車の突き詰めた所を知りたいという衝動に駆られてね。あなたの目を盗んで乗り入れたわけ。このチャンスを逃すと二度とないからね。・・・この件は先日電話をもらった時打ち明けたよね。」
「・・・」私はだまって頷きます。
「車は私の意図を知るとびっくりして、あばれましたがね。強引にハンドルを押さえて。泥で汚れるといけないからアクセサリーは全部はずしてからドライバーもごく身軽になってね。」
「・・・」私はビールをゴクリと喉に流し込みます。

「さすがにオフロードを初体験の車は悲鳴をあげたよ。車に掛かる負荷が凄いからね。斜面を流されないようにブレーキを踏みながらだまし、だまし窪みまで降りたのよ。」と両手を前に出すとそれを交互に上下させながら話します。
「目の前はかなりの登りでね。ギィヤーを入れようとしてもなかなか入らないのよ。」とYM氏は左手を膝に下ろすと拳をつくり前後に揺すります。
「困りますねえー・・・ベテランドライバーがどうしたのですか?」と私は焼き上がった肉をYM氏の皿に移すと、YM氏はアタマを左右に振り
「車がイヤイヤをして抵抗するのよ。こうなると私も意地でね。闇雲にね。」と両手でハンドルを握る動作をしながらコブシを前後に動かします。
「そのうちはずみでツルッと入ったのよ・・・ギィヤーボックスのオイルも適温、適量でね。」

「ひとまずテストドライバーとしての体面を保ったわけですね?」
「それがそうは行かないのよ。普通はこういう状態になれば車さんもなんとか折り合いをつけてくれるよね・・・30分前にはしっかり噛み合っていたのだから。」
「だめですか?」
「ソフトウエアーをいきなり強引に外したのがご機嫌を損じたみたいでね・・・外そうとするわけよ。ギィヤーを、カラダを捻ったり、せり上がったりして。」
「掬い上げた鯉が網から逃れようとしているみたいですね。」とあいのてを入れるとYM氏はビールを一口飲んでから

「KMさん、ヘラ鮒釣りやりますよね。掛かると竿が満月のように撓って、穂先が前後左右に揺れ手元にバンバン手応えがあって・・・」
「やみつきになりますね。」
「分かりますよね! KMさんの奥さんと私のシュチュエイションがまさにそれでね。」
「竿先にビンビンきますか? 若鮎のようですね。」
「もうたまらんですよ・・・奥方は必死で気がつきませんがね。」とYM氏の口調も熱を帯びてきていつのまにか相手の主語が車から妻に代わっています。

「なるほど・・・」
「そんなやり取りを味わっていると、おとなしくなってきたので油断したのね。急にカラダを捻られたらバレちゃって。」
「鮎が跳ねたわけですね・・・針が小さすぎたかな?」と私は主語を鮎に変えるように誘導します。
「子鮎じゃないからね・・・でも魚になめられてはいけないでしょう。」と主語が変わりますがまたすぐ戻ります。
「押さえつけて奥さんの基礎にこんなに太いボルトを打ち込んでからね・・・」と剣道の竹刀を握るような仕草をすると
「背中からこの様に手を回してね、奥さんの両肩をアンカーで固定したのよ。」と鉄棒に逆手にブル下がり、懸垂をするような格好をします。

私は手にしたジョッキを置くと大きく頷きながら思わず身を乗り出します。店内は既に満席状態で、話す声も聞き取りにくい状態です。
「さすがに建築資材を扱うYMさん、もうがっちりですね。」
「あとはこうしてアンカーを締め上げればもう外れないでしょう?」と両腕でガッツポーズのようなカタチをつくりますが、YM氏の顔はもう酔いのため紅潮し、身振りを交えた語り口も滑らかです。私は妻の姿態が目に浮かびますが、冷静に対応します。

「シーツにピンで留められた何かの標本みたいですね。」と言うとYM氏は思わず吹きだし
「さすがKY出のKMさん、俯瞰しましたか、視点がちがいますなあー・・・」と感心してみせますがすぐ
「顔と四肢だけしか観察出来ない標本もねえー・・・」と言って私の反応を探ります。
「押さえ込みで観念したのですか?」
「そう・・・一分ぐらいホールドしたらね。カラダの下で奥さんが柔らかくなってね。やっと折り合いをつけてくれたのだと感じたね。」と目を輝かせます。
「“電話をさせてください”というのよ。奥さん、かすれた声で。」
「・・・? これOKサインでしょう?」
「そう、奥さんアタマがいいでしょう?」と云いビールを飲み干し手の甲で口を拭うと話を続けます。

「でもね、この申し出を無視して身動きせずに同じ体勢を取り続けたのよ。」
「“奥さん、先に動きなさい。心の扉を開きなさい”というサインですか?」
「さすがですね、KMさん。」
「無言で揺るぎない意思を示して、妻をコントロールしたわけですね・・・KMさんその気があるの?」と訊くと無言で否定します。
「僕には奥さんの顔は見えないのだけど、“お願いですから電話をさせてください”とだんだん声がハナにかかり哀願調になって、涙ぐむ様子がわかるのよ。涙腺がゆるむとハナからも出るからね。」
「・・・」

「普通の男ならここで折り合いをつけちゃうでしょう? でも奥さんの突き詰めた所、本質を探ってほしいとのご依頼でしたからね。あなたの。」と言ってニヤリとします。
「そうですね。」
「それでも取り合わないでいたら、なにもいわなくなってね。しばらくするとしゃくりあげる様に嗚咽するのよ。」
「シャックリみたいに?」と妻の泣きじゃくる顔を見たことのない私は掛け値なしに驚いてみせます。

「そう、そのシャクリ上げる時ね、ボルトに言葉で言い表せないようなテンションがかかるのよ。」とYM氏は充血した目を細めて微妙な表情をしています。
「リズムカルにね。奥さんの魂の律動がボルトから押し寄せる波のように私の脳にとどくわけ・・・男って一般に発信しているときは強いのだけど、受信に専念している時はもうだらしないね。チャンネルを切り替えて他のことをアタマに浮かべないと暴発しそうでね・・・」
「分かりますよ。」
「奥さんの顔を見たかったけれど、見たらもう、もたないからね。僕の負けだから。」と酔いが廻ってきたのか言い回しがワンフレーズ気味になってきますが、話が佳境に入ってきたので余計な言葉を挟まずただ頷いて聞いています。

「それからしばらくしてね、シーツに投げ出されていた奥さんの両手が私の腰に回されてね・・・それがゆっくり手探りするように背中から肩先まで移動するのよ。指先を軽く立てて優しく。泣きジャクリながら。」
「YMさんの思惑通りですね。」
「僕はもう自分の下唇を噛んでね。耐えたよ・・・奥さんすごいね。アタマがいいね。」
「そしてね、その手を後頭部から首に移動させるとね・・・指先を一杯に開いて抱きしめるのよ。強く。」と胸前で雑巾を絞るような格好をします。
「奥さんの涙が僕のコメカミを濡らすのよ。自分のクチビルから血が滲み出ているが分かるのよ。味がするから。」

「アンカーを解いて、サイドテーブルから奥さんのバックを取ろうとしたが、手が届かなくてね。奥さんのカラダを斜めに移動しようとすると協力的なのよ。」
「もう泣いていないのですね?」
「そう、僕の意図が分かったのでしょうね。」
「ボルトは?」
「そのまましっかりとね。」

「携帯を無言で渡したら、涙をぬぐい無言で受けとってね・・・ぼくは電話の邪魔にならないように元の体勢になって。」
「アンカーを掛けて?」
「そうだね・・・奥さん左手で器用に携帯を操作していたよ。」
「見ていたのですか?」
「見えないよ。操作音で分ります・・・話し始めしばらくすると右手で私の頭を抱きしめて。あれ何でしょうねえー?」とYM氏は首を傾げます。
「何でしょうねえー・・・ボルトから電流でも流しましたか?」というとしばらく間をおいて

「KMさん、ヘラブナ釣りの話ね、アタリすごく微妙ですよねえー、浮きがちょっと沈んだり、浮き上がったり、風を受けたように斜めになったりして。」
「繊細な浮きを使って、微妙な当たりをとる。釣り冥利につきますなあー・・・のめり込む所以でしょう。」と私は応じます。
「奥さんが話し出すとその微妙な当たりが来てね。ボルトの頭に。ハエがとまったり、飛び去ったりしてムズ痒いような感覚が・・・」
「きっと基礎の底が糸電話の膜みたいになっていて振動をボルトに伝えるのでしょう・・・膜も異物を感知して大脳に伝え、右手が無意識のうちにYMさんの頭にね・・・」

「さすがですねKMさん・・・さっきも言いましたが受信中はつらいですね。今度は左側のクチビルを噛んで。電話長くてね。大事な約束があったみたいで申し訳なさそうに謝っていましたよ。奥さん。」としみじみとYM氏は語ります。
私の後ろの4人連れの客が帰り支度を始めたので何気なく時計をみると「泊まりでしょう?」とYM氏が訊くでそれを否定するとロースターの火を落とし空いた皿など整理するとタバコに火をつけてから改まった調子で話しはじめます。

「あなたとも長い付き合いで、随分女談義をしたね。ほとんど聞き役で話半分に聞いていたでしょう。あれほとんど受け売りですよ。源氏物語にもあるでしょう。雨の夜長に男たちが自分の経験をまじえて女のタナオロシをするくだり。あれ最近まで日本の文化でね。男が3人集まると伝聞、仄聞をまじえて針小棒大に話が盛り上がってね。宴会というと猥歌を歌って。いまは情報の氾濫でそんなこともないでしょう・・・」となんとなく寂しげに語ります。

「あの日、奥さんに“鍵を閉めて”といわれて立ち上がったとき足が震えてね。ドアのところまで行っても手が震えてドアチェーンがうまく掛からなくて。見ていてわかったでしょう。」
「話があったとき、ホラ話をした手前あとに引けなくてね。もちろん奥さんの魅力も捨てがたいし。ひとつ間違えれば身の破滅、家庭崩壊だからねえー。あなたが立ち会ってくれるという事が拠りでしたね。引き受けた。ビックマウスほどアースのホールが小さくて、気も小さいのよ。でもそんな気配少しも見せなかったでしょう・・・だけど今迄の話はオブラートに包んだ部分もあるし、主観的に誇張した箇所もあるがほぼ事実ですよ。一幕目を見ているから分かりますよね。」と云って笑います。

「それにしても奥さん、いい女だねえー。一穴主義のあなたには分からないな。奥さん以外と経験がないのだから比較のしようがないもの。顔とかプローポーションのことをいっているのではないですよ。カラダの柔らかさ、寝間での何気ない身のこなしと声、それから手頃な身長と体重、これ見落としがちだが房事には大切な要素でね。流れを止めずスムースに女性を次のバリエイションへと誘うためにね。軽すぎると充実感というか有り難味が少しね・・・あなた奥さんを抱き起こしたり、抱き上げたことないでしょう。」私は目で肯定します。

「KMさんも2,3人経験したほうがいいね。奥さんのよさが分かるから。お金ですむことですから。」
「生理的にだめですよ。」
「商売女が?」
「いやそういう意味じゃなくて。」
「奥さんには勧めても、ご自分はだめ・・・? どうも分からないですなあー私には」
「・・・」
「そうか! 奥さんのお墨付きの女性なら・・・」
「まあ、そんなことにしておきましょう。」
「ずいぶんいってくれますねえー・・・本当に。」
「それより先ほどの話の続きは・・・」と先を促すとYM氏はしばらく考えてから語りはじめます。

「二幕目のはなしね。わたしもこんな経験なくてね、あえていえばいまの女房とあったかな。だから、先輩や同僚の体験談を参考にしたがね、これも実体は伝聞や虚構かもしれませんよ。でも心配だった一幕目はあなたもご覧になったように大成功だったでしょう。」
「私も興奮しました。終わり良ければ総て良しの世界ですものね。」
[奥さんを手の内にいれたという実感があって、自信が湧いてきましたね。ただ、今度はKMさんがいませんからね。一気呵成にことを運ばなければというあせりがありましたよ。奥さんがバスルームに居るうちに、手荷物とコートをクロゼットに隠すとかいろいろ段取りを考えてね。]
「かなり知能犯ですね。」

「奥さんは電話連絡がすむとほっとしたのでしょうね。携帯をもった手で私の背中をたたくからカラダを起こし、それを受け取りバックに入れてサイドテーブルにもどしましたよ。」
「つながったまま?」
「そう・・・奥さんは電話をしたくて泣いていたみたいですよ。後で訊くと。顔を見ると目は閉じていますが現実を受け入れているのがわかりました。最初に言われたとき聞き入れてあげれば、泣かずにすんだのにと思うとなんだか不憫でね。可哀そうなことをしたと後味がわるかったな。」
「でも、おかげで絶妙の感触を・・・」とわたしがフォローします。

「今度は私が主導権をとる番ですからね。自分のペースで動くときは我慢がききますから。」
「こう両足を肩に担いでから自分のアタマが奥さんの真上くらいに来るようにカラダを前倒しにして・・・」
「そんなに無理でしょう。」
「だからさっきもいったでしょう! カラダが柔らかいのよ、奥さん。」
「・・・」
「奥さんの顔を覗き込むようにして“ゴメンネエー、奥さん、ゴメンネエー”を繰り返し言ったの。腰の動きに合わせて、声に強弱、緩急をつけて。」
「かなりエロイですね。」
「経験ないの?」と呆れ顔をするYM氏
「・・・」

「下の方はずーと前から申し分ないのよ。奥さんも分かっているはずよ。拗ねているのか、焦らしているのか、怒っているのか、上の方はまったく反応がないのよ。いわゆるマグロ状態ね。」
「勝手にどうぞみたいな?」
「そういうわけでもないけど、ここで掛ける言葉が途切れたらだめだからね。」
「一幕目で拝見していますから、YMさんの姿が目に浮かびますよ。」
「次の殺し文句が見つかるまで“ゴメンネエー、奥さん”をバリエイションをつけながら繰り返したの。」と言うとYM氏は二本目のタバコに火をつけます。店内は相変わらず満席に近く、相席を求められやしないかと心配です。

「奥さんの脚にさらに体重をのせて、体をより前倒してから囁いたの“怖い思いをさせちゃって、ゴメンネエー、奥さん、ツライネエー、ツラカッタネエー”と謝罪といたわりの気持ちを込めてね。数回語順を変えたりして。」
「腰のうごきは?」
「自分のことばに合わせてユックリ静かに。」
「なるほど・・・弱くても発信し続けないと・・・」
「そのうち左の乳首が膨らんでくるのよ。自然と・・・」
「よく見てますねえー! 顔を見て語りかけながら・・・」
「バロメーターだからね。」
「なるほど・・・」

「こう手を伸ばしてね、乳首をころがしながら“ゴメンネエー、奥さんの為なら死ねるからねえー、今死んでも悔いないからねえー”とごく小さな声でね。繰り返したのよ。」と親指の腹を人差し指でこすります。
「なるほど、発信チャンネルをひとつ増やしたわけですね。」
「でもこのとき乳房に触れたり掴んだりしたらだめよ。」
「混信するから?」
「KMさん、さすが鋭いね。」
「ボキャ貧でうまく表現できないけど、投げ掛けている言葉を指先から奥さんの乳首を経由してハートに送っている感じかな。だから“ゴメンネエー”、“ゴメンネエー”ようにね。」と言葉に合わせて指をうごかします。
「乳首はアンテナですか?」
「思わぬところにもアンテナはありますけどね。」
「ボルトも?」
「そうですよ。合わせるように軽くアクセントをつけて。こう・・・」と身振りで示します。

「それでどうなりました?」
「奥さんのクチビルの緊張が少し緩んでね、アタマが左に少し傾いて口の端が少しひらくのよ。」
「微妙なサインですね。」
[この機をとらえさらに体重を掛けてね、奥さんをアタマが左右に揺れるぐらい激しく腰を使ったのですよ。“ゴメンね、ゴメンね”といいながら。]
「ピアニッシモからフォルテに一気にシフトしたわけですね。」
「そうしたら、口を開けてね。息を吐いていましたね。これ以降奥さんが口を閉じる場面はないですよ。」
「随分手順をふませましたね。」

「こうなればもう心配ないね。もう少し楽な姿勢に戻して言葉を選びながら優しくケアーすればね。」
「そういうものですかね。」と感心してみせます。
「そうですよ。私がね“奥さん、気持ちいいですよー、すごっくいいですよー”と繰り返しながらゆっくり腰を動かしていたら奥さんが静かに目をあけてね、視線がまだまだ定まっていませんけれどね。」
「それでね、奥さんを見ながら“気持ちいいですよー、アリガトネー、奥さん、すごっくいいですよー”と感謝の眼差しでいってからね、“ゴメンネエー、奥さんも気持ちよくしますからねー、待っててくださいねー”と言ってね“ホレ、ホレ”と掛け声をだしながら動きを強めたんですよ。」
「ピアノからフォルテへ・・・なるほど」

「するとね。目は閉じているのだが、掛け声に合わせて“ハッ、ハッ、ハッ“と吐息が声になって、だんだん大きくなってね。口は鉢から飛び出した金魚みたいに。」
「なるほど・・・息切れ状態?」
「それで動きを元に戻してね、“ホーレ、ホーレ”の掛け声でゆっくり腰を入れながら“奥さん、気持ちいいですかー、気持ちいいですかー”と問いかけるとうっすらまた目を開けてね、アタマを少し傾げて、照れくさいというのか、恥ずかしそうというのか、うまく表現できないが、はにかむような笑みを浮かべてね。」

「奥さんの目を見ながら、“気持ちいい?”と訊いたのよ。そしたら何もいわずにね、アタマを更にもう少し傾げて、両手をおもむろに上げると私の首に回すのよ、私を見つめながら。なんともいえない表情で。」
私は飯田橋で私の目の前で部長に組み敷かれながら放送禁止用語を口にするよう求められているときの妻のしぐさや表情を思いだします。
「分かりますねえー、その感じ。YMさんの言い草じゃないけど、もうたまらんでしょう?」
「タ・マ・リ・マ・ヘ・ン・ナ」とKM氏は目を見張ります。

「あなたに首ったけということですかね?」
「そうじゃないね。私の問いに対して答えているよ。“気持ちいいわー”って、“でもまだ口に出して言えないのよー”って、“あなたのこともう許しているのよー”って」
「YMさんの受け留め方って凄いですね。」と掛け値なしに驚きます。
「それより奥さんをほめてあげてくださいよ。本当にすごいでしょう? これがあなたの奥様の本質です。つまりギフト、天からの授かり物をもっていらっしゃる。」

「“雨降って地固まる”とはよく言ったものでね。この時点から30分くらい経過すると奥さんも私の問いかけに“気持ちいいわー”と言えるようになってね、私に心を開いてくれたのよ。・・・時間がないようだから、ここまでにして後は次の機会にしましょう。」と言うとYM氏はライターとタバコをポケットにしまいます。

「ちょっと待ってくださいYMさん・・・まとめとしてセックスってなんですか?」

「KMさん、セックスは駆け引きをともなった対話ですよ。あらゆるチャンネルを使った男と女の。だから言葉が途切れたらだめね。ホーレ、ホレ、ハーイ、ハイ、ソーレ、ソレなどの掛け声も、感極まって出る声も吐息も寝間では言葉です。もっというと衣擦れの音、ベッドのきしむ音、チャピチャピ、ピチャピチャという音も二人が発信している言葉なのね。」

「若い頃かなり深刻な夫婦喧嘩をしたとき、女房を張り倒してレイプ紛いのことをしてね。足で蹴られたり、引っかかれたりしたけど。とにかく入れちゃったのよ。そうしたらいんだよねえーこれが、“ごめんねえー”が素直に言えて。後は奥さんの時のようにゆっくり宥め賺してね。終って私の傷の手当てをしている女房を見て、またムラムラとね。若いっていいね? それ以来女房、気が強くなってね。夫婦喧嘩が絶えなくて困ったね。意味判るでしょう?」とYM氏はウインクします。

「YMさん、最後にひとつ質問していいですか?」
「どうぞ・・・」
「YMさんが一番印象に残ったことは?」
YM氏はしばらく思い起こすように考えてから答えます。
「奥さんをドアのところまで送っていったときこういったのよ。“ごめんなさいね。YMさん、私の思慮が足りなくてこんなことになって。忘れてくださいね”って」
「これ皮肉や嫌味じゃないよ。頭にガーンときて呆然自失よ。」

〔この作品にはメンバーのみが感想を投稿できます〕


855 YM氏は遠くへ行ってしまうのですね 2006-01-21 珊瑚七句さんファン   
店内での対話は、田舎暮らしの私にも、都会のざわめきを感じます。時間は現在に近づいているわけですか。YM氏と緊張から融和への交流が持たれるような先走った期待がありましたので。・・
早い頃のレポートに、部長様と1週間生活される予定で不安というようにあったようでしたが、読み間違いでしょうか。
ごく普通の夫婦に介在するちょっとしたノイズがリアルで、すごいです。