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ページ番号143

妻とのダイアログⅢ

珊瑚七句 (東京都)   2005-12-21

久しぶりに投稿します。ページ番号64の後日談です。

12月に私の携帯に妻から二人で忘年会をしようとの申し入れがあった。二人での忘年会など初めてのことなので少々驚いたが、銀座の某ビアーレストランに予約を入れました。

「いい雰囲気のお店ね。私はモーゼルをお願いして。あなたはビール?」とご機嫌の妻に気をよくした私はワインリストから値頃のボトルを注文します。
しばらくしてワインが運ばれてくると妻はおもむろにジャケットを脱ぎそれを脇に置くと白いカシミヤのセーターからバランスよく自己主張しているバストがテーブルのともし火を受けて妻の顔に映えます。

二人は過ぎし一年の出来事を回想しながらグラスを傾けます。最後の料理が運ばれてくるころには、アコーデオンの伴奏に乗って民族衣装を身にまとった女性が歌うドイツ民謡が流れています。ときには“ローレライ”や“故郷を離れる歌”を店内の客と唱和しますが、妻のメゾソプラノはよく通り二人のリードボーカルがいるようです。

「声が出ないわ。」
「そうでもないよ。」
「毎週教会で賛美歌を歌っているからわかるのよ。・・・あなたビールはいいの?」とグラスを置きながらいいます。
「今日はK子が半分飲んじゃったから、一杯もらおうかな。 」と大ジョッキをオーダーすると
「私もこんなにいただいたのはじめてね。真っ直ぐ歩けるかしら?」と驚いたように目を輝かせます。

「君からのデートの申し込みなんて滅多にないからね。どういう風の吹き回しかと思ったよ。・・・なにかいいことでもあったの?」とからかうように言うと
妻は一瞬戸惑いを見せますがすぐほっとした表情にもどります。そして胸元の繊細なゴールドのネックレスを左手で持て遊びながらそこから視線を上目つかいに私に移すと
「今日誘ったのは、あなたに謝りたいことがあったからなの・・・」と呟きます。
「なにを?」と訊くとしばらく逡巡してから改めて意を決したように
「間違いを起こしちゃったの・・・男の人と一度」と申し訳なさそうに自分の指先を見つめながらいいます。

私はそのことばに内心深く動揺しますが、店内の喧騒のためよく聞こえなかった振りをして
「なんだって?」と耳に手を当て聞きなおします。
「YMさんと間違いを起こしちゃったの・・・書類をお届けしたときよ。」と身を乗り出し私の耳元に口を寄せるようにして囁きます。私は自分のこの場でとるべきアクションを考ながらも、YMの名を耳にしてほっとしますが
「こんな話ここではまずいよ。とにかくここを出よう。」と言うと妻は素直に従います。

二人は近くのカラオケルームに入るとビールとコーラを注文します。
「何か一曲歌ったら。とりあえず。」と余裕のあるところ見せると、妻もほっとしたようすで
「そうね、あなたとこういうところに入るのは何年ぶりかしら?」といいながら立ち上がるとビートルズの“HELP!”を歌います。

歌い終わると不確かな足取りでソファーに戻り
「息継ぎが苦しいの、だめね、私」とため息をつきます。
「今の心境? うまいよ。君がこんな歌を唄うなんて知らなかったな。発音も良いし・・・ 」
「最近テレビのCMで流れているのよ・・・」
「一曲唄って落ち着いたろう? さっきの続きを話してよ。僕にも責任が有りそうだし・・・どんな話でも冷静に聞けると思うよ。」と妻の肩に左手を回しながら語り掛けます。

「私が軽率だったの・・・YMさんの部屋まで入ったのよ私、あなたに頼まれた書類をもって」
「ホテルの?」
「そう。ロビーでお渡しするつもりでいたのよ。でも“部屋まで来てください”と譲らないのよYMさん。」
「時間に追われていたし、顔見知りなので私に油断があったのね。きっと・・・」と私に寄り添うようにして語ります。
「あなたに電話でYMさんに書類を届けるようにいわれたとき、嫌な予感がしたの。」

「どうして?」
「何年かまえ大阪でYMさんと食事の後三人でカラオケに行ったわよね。・・・そういえばあれ以来ね、あなたとカラオケに来るの。・・・5年位前かしら。」
「私が“フィーリング”を唄い始めるとあなたが部屋を出ていったのよ。タバコでも買いに行ったのね。私はYMさんを見つめながら歌ったわ。歌詞はアタマに入っているし。」

「そういうことがあったね。あれ以来かね。」と驚いたようにうなずきます。
「歌い終わって席に戻るとYMさんが“奥さん、僕のために歌ってくれたの。感激だね。”といって隣に座るの。」
「そして“奥さん歌がすごく上手いですね。大人の歌ですね。しびれました。”といっていきなり乳房を右手で掴むのよ。」
「君も痺れたりして」とあいのてをいれ妻をリラックスさせるように務めます。

「私は大人の対応をしたわ。褒められたことも嬉しかったし、少し酔っていたのよ。歌でYMさんを座興で挑発したのも事実よ・・・結果として。」
「どんな歌なの?」
「外国の曲よ。日本では中西れい訳詩で山本潤子がカバーしているわ。」
「僕のために歌ってみてよ。」と関心を示すと
「もう若くないから同じようにはできないわよ・・・」といいながらジャケットを脱ぐと選曲して歌い始めます。

       ただ一度だけの 
       たわむれだと 知っていたわ
       もう 逢えないこと
       知ってたけど 許したのよ
       そうよ 愛はひとときの
       その場かぎりのまぼろしなの
       Feelings woh woh Feelings
       woh woh Feelings
       泣かないわ

       今 あなたと私が
       美しければ それでいい
       そうよ 愛は男と
       女が傷つけあう ふれあいなの

       今 あなたと私が
       美しければ それでいい
       Feelings woh woh Feelings
       woh woh Feelings
       泣かないわ

       Feelings woh woh Feelings
       woh woh Feelings
       泣かないわ


「上手いねー、大人の詩だねー、歌い掛けられたら男ならしびれるねー」とYM氏と同じ台詞を口にすると
「からかっているのね?」と拗ねたような声で呟きます。
「違うよ。YM氏の気持ちが僕にもわかるということを言いたかったの。」と立ち上がり妻の手をとりソファーに導きます。
「歌の上手いのは分かっていたが、本当に情感がこもっているよ。特にさびの部分がハスキーになって色っぽいな。」本音をいうと
「アルコールと年のせいよ。」とアタマを私の肩にあずけます。

「そのような伏線があった上での“嫌な予感”は意味深長だね。僕に言わせれば。」
「どうしてなの?」と私の顔をのぞきこみます。
「電話で君に頼んだときそんな事実が過去にあったことをどうして言ってくれないの?」
「言うなら5年前にあなたに打ち明けているわよ。」
「何故黙っていたの?」
「あなたがお世話になった取引先の方でしょう? そんな話をしたらあなたのお仕事に障りがあると思ったの。」

「それでいろいろの場面を想定して出かけたわけだ。」
「女が男の方と会う場合はそういうものよ。お茶とか食事に誘われるとかね。」
「ことの始まりは?」
「帰り際に呼び止められ、いきなり後ろから抱きつかれたの・・・」
「そんな予兆あったの?」
「ゼンゼン だからびっくりしたわー、声が出ないのよ。カスレチャッテ。」
「手を振り解こうとしたら、両膝を着いて脚にしがみつかれたのね。」

「そして、いろいろなセリフで言い寄るのよ。」
「たとえば?」
「そんな事言えないわ。」
「もみ合っているうちにバランスを崩して側のソファーに仰向けに倒れたの。」
「倒されたのかい?」
「分からないわ。夢中だったから。ただヒールの高い靴を履いていたのね。」
「君はあらたまった席には何時もハイヒールを履くね。」
「そうかしら?・・・あなたよく見ているわね。」

「それから?」と先を促します。
「頭を打ったからアタマの中が真っ白になったわ。」
「危ないね。まったく。」
「でも、YMさんが床に倒れないようにフォローしてくれたのよ。」
「なるほど、白馬の騎士だね。」
「気がつくと眼の前にYMさんがいるの。」
「また迫られたわけだ。殺し文句で。」
「逃げ場がないから必死で抵抗したのよ。」

「そのうち“キスだけでいいから”と言うの。」
「なるほど敵は値切ってきたか。」と私がうなずくと
「それでもわたし許さなかったのよ。」と私の反応をみます。
「簡単に許したらK子の値が下がるからね。」
「からかわないでね。恥を忍んで告白しているのよ・・・」
「そうだったね。」と妻を抱きよせます。

「男の人ってああなるともう押さえがきかないのね。そうなの?」
「誘導尋問かい? 経験がないからね僕には・・・ただ一般論で言えばね」といってから私はビールを口し一息いれてから話を続けます。
「サッカーを例にとるよ。DFをかわしてゴール前でキーパーと一対一になったとするよ。そのとき幸運にもキーパーが滑って仰向けに倒れ意識が朦朧としているとしたら、キーパーの不運に同情してゴールを外す男はいないよ・・・」

「ただ得点の仕方はそれぞれ違うよ。」
「思いの丈をぶつけるような弾丸シュートでネットを大きく揺らす男」
「ドリブルでボールを運びゴールの片隅に申し訳なさそうにやさしく入れる男」
「キーパーにとって自陣のゴールは自分のカラダの一部だからね。ドリブルだろうがシュートだろうが球がゴールに入るのは辛いよね。」と妻の同意を求めます。

「私をキーパーに見立てて、あなた相変わらず例え話がお上手ね。感心するは本当に。」とほめ殺し気味に言うとグラスのコーラを飲み干してから
「ちなみにゴールは私のなんなの?」とまじめな顔をして問いかけます
「・・・文字通りに言えば最終目標、文学的表現なら“狭き門”とか“奥の細道”かな? 要するにK子の突詰めた所 エッセンスだよ。」
「抽象的でよく分からないわよ。」
「K子が大切なお客様をおもてなしするところ。家でいえば奥の間かな。」

「YM氏が奥の間は諦めるから、せめて次の間に通してと泣き付いているところだろ。」と話を本線に戻します。
「そうなの。ダメといってもご自身を抑えることができないのね。」とため息をつきます。

「いろいろなステップを切ってフェイントをかけ防戦に追われている君を翻弄している様子が目に浮かぶよ。」
「想像力がゆたかね。その通りだわ。本当に大変だったの。」と嘆息します
「初めての経験だし。気は動転しているし。」とフォローすると
「あなたって優しいのね。・・・私シアワセだわー」と涙をうかべます。
「K子 酔うと情緒が不安定になるね。辛かったらもういいよ。」
「今日はそのつもりであなたを誘ったのよ。この前二人で話し合いをしたでしょう。あれで気持ちが随分楽になったの。話をさせて。」と先にすすみます。

「思い通りにならないといきなり両手で私のコメカミを押さえつけ強引なのよ。」
「手ごわいキーパーに敵はゴール直前でハンドという反則を犯したか!」とわたしは場の雰囲気を変えようと努めます。
「クチビルを奪われ続け精も根も尽きたのね。わたし。」
「既成事実をつくられちゃうとね・・・それで?」と妻を見つめます。

「こんな姿を誰にも見られたくないから、ドアのロックをお願いしたのよ。」
「聞き入れてくれたの?」
「ええ、YMさんが離れると、私はこれから罰を受けようとしているのだわ。YMさんは神の遣わした下僕なのだと思ったの・・・」
「そうしたら涙がでてくるのよ。とめどなく・・・」
「どうしてそう思うの?」

妻はしばし想いをめぐらしてから答えます。
「あなたに頼まれ部長さんとのことがあってから、いつかきっと神罰を受けるような漠然とした不安みたいなものがあったの・・・」
「なるほど・・・それで神の下僕はどうしたの?」
「戻ると私の涙をみて驚いたみたいね。やさしく扱ってくれたわ。」
「それで安心して次の間にお通ししたのだね? 失礼のないようにオモテナシできた?」
「女としての手順を踏んでからよ。」
「・・・」

「女って不思議ね。・・・寝かされちゃうと脳の思考回路が変わるのよ。」
「受身になるの?」
「受身というか、情緒的になるの、視覚の問題もあるのね、きっと。」と過去を思い起こすようにしみじみと語ります。
「私が下から見上げたことのある男性は貴方と部長さんとお医者さんぐらいよ。」
「うまいこと言うねー、YM氏もその栄誉に浴したわけだ。情緒的には先例に準じて扱わないとバランスがとれないよね。」

「・・・?」
「診察を受けていると思えばいい分けだ。ソファーで!」と感心して見せると
「そのお医者さんがここを診察がしたいといいだしたの。もちろん無言でよ。」と妻は胸を押さえ私の話に乗ってきます。
「この上から?」と妻の胸に手をやると
「あなたバカね。ホテルの蜜室よ。キスをしながら相手の手が遊んでいたわけではよいのよ。ブラウスのボタンを外すとか同時進行しているのよ。サインを出しているのよ。」

「君はどうしたの?」と驚いてみせると
「YMさんの舌をオモテナシするのに精一杯よ。」と今度は私をからかいます。
「K子、言うねー、君も・・・」とビールを口にして呼吸を整えます。
「長いキスが終ったとき、胸元はほぼ開放されていたわ・・・」
「いよいよ先生の触診が始まるわけだ。」
「ちょっと待って。・・・さっきも言ったけどあなた天才ね!比喩の。」と驚いた顔をしてから話を続けます。

「キスしているときはお互いに目を閉じているからそれほど抵抗はないの。だけど傍に膝まつかれて乳房を手で愛撫されているときなんて、大人のお医者さんごっこみたいですごく恥かしいのよ。あなた。くすぐったいの。」
「気持ちわかるな。服は着たままだし。」
「部長さんのときみたいにベッドでならまた別よ。」
「そうオンの状態だからね。」とフォローします。
「わたしを見下ろしながら、表情を観察しているの。左手で乳房を愛撫しながら。わたしの戸惑う様子をよ。」

「右手は?」
「だめもとで色々なところに奔放にね。サインを出して私の反応を見ているの。」
「奥の間に入りたいって?」
「私が目をつぶって無表情でいるから何か言わせたいのよ。」
「そこはだめだとか、ヤメテとか?」と話を誘導します。
「そう、私の表情やカラダに動きを出すために右手がイタズラをするのね。」
「ここと思えばあそことYM氏は老練だな。」

「そのうち乳房を口にふくまれたのよ。」
「君の泣き所だな。」
「反射的にYMさんのアタマを抱きしめたのね。」
「ウン」
「弱点を見破られて、あっというまだったわ。」
「部長も知らないのに。5年前に情報を盗まれた?」
「意地悪ねえー、ただ手で触られただけよ。」

「YMさんも満足したのね。約束どおり放してくれたのよ。一旦は。」
「一旦?」
「そうなの。わたしが身なりを整え、靴を履こうとしているとまたソファーに押し倒されたのよ。」
「なんで?」
「“我慢出来ない”って」

「YM氏の気持ちは理解できるな。自分が同じ行動にでるかどうかは別にして。君はどう?」と妻の見解を求めます。
「あなた、当事者のわたしに訊くのは酷よ・・・ただね」といいながら私のグラスにビールを注ぎます。
「YMさんが後で言うのよ。靴を履きながら私が自分の時計を見たというの。」
「ウン」
「2時からバザーがあるから時間を気にしていたかもしれないわ。」
「でもわたしは時計を見たという覚えはないのよ。」
「その時の私の横顔が切なそうで、私にそういう思いをさせる対象を勝手に想像して嫉妬したというのよ。」

私は妻からYM氏の上記の述懐を耳にしてこれはピロートークだ。あの日電話でYM氏が“冗談ですよ。奥さんによろしく。”と言ってきたことが冗談でないことを確信します。そして私が目にしていない部分をここで妻に語らせてはいけないと
思います。YM氏に確かめてからだと。

「ただトイレに駆け込みたかっただけかもしれないのにね。靴を履き終わった後で徐に時計に目をやれば、差し迫ったことにならなかったのかな? YMの論旨は・・・美しいものはどのアングルから見てもそれぞれに趣きがあって味わい深いものだよ。」と妻を慰めるように先を促します。

「もう圧倒されちゃって。女としてのカタチをつくるのに精一杯なの。」
「降伏の手順を踏むという意味?」
「あなたはいつも核心をつくのね・・・」と私をにらみます。
「殺し文句で一番効いたのは?」
「“奥さん!一度だけ”のくりかえしかな。」
「押しの一手か。単純で明解なのがいいね。それできみはどうしたの?」
「“シャワーを使わせて”とお願いしたの。」

「条件付降伏を申し入れたわけだ。」
「しょうがないでしょう。収まりがつかないのよ。」
「だから君は世間知らずのお嬢さん育ちだといわれるのだよ。」
「どうして?」とちょっと不満そうにいいます。
「君のいっていることは、“こんなところでは大したオモテナシも出来ませんから、取り敢えず一風呂浴びて寝室でいかが”という意味にとられてもしかたがないよ。」
「どうすればよかったの?」
「・・・」

「申し出を聞き入れてくれた? だめだろう?」
妻は小さく頷くと
「本当にどうしてわかるの?」と驚きます。
「“我慢できない。何度言ったらわかるのだ”ぐらいに高飛車なのよ。YMさん。」
「男の人ってそうなの? そうなるの? あなたと部長さんだけしか経験がないから想像がつかないのよ。」と涙ぐみます。
「どうせ許すなら美しく与えたかったのだね? さっきの歌のように。」と妻を抱き寄せしばらく静寂なときが流れます。

「K子、“高飛車”という将棋のことばが出たからいうけどね。ちょっと長くなるけど聞いてくれる?」
「・・・」
「君がソファーに倒されたときに、二人の将棋は詰んでいると思うよ。勿論YM氏の勝ちだよ。彼も勝利を確信していたと思う。」
「彼の関心事はいかに美しく終局させるかということね。言い換えれば厳しい手で最短の手数で相手玉を取ることね。」
「余談だけど、高校の時の数学のテストである問題の解答式が僕のが一番短かったのよ。先生がみんなの前でほめたよ。“美しい、エレガント”だって。」
妻はただ黙って聞いています。

「彼も自分の中に美しい棋譜を残したかったのだよ。」
「キフ?」
「楽譜、スコアーというの英語で? 将棋で言えば戦いの記録かな。」
「君は音楽に詳しいからいうけど“ベートーベンの第九”ね。」といって腰をずらすと妻と向かい合います。

「第一楽章でYMが主題を提起して、第二楽章でそれを展開する。それを受けて第三楽章で君の葛藤というか苦悩が切々と語られ、第四楽章で二人はひとつになって歓喜の歌を高らかに歌い上げるといった構図が目に浮かぶね・・・ちなみ僕は女のすすり泣くような第三楽章が好きだがね。」と酔いのためか自分たちいる空間が幻想的に見え妻の顔も他人のように見えて心がときめきます。

「驚いたわー、あなたクラシックに詳しいのね。私もあの部分が一番好きね。第九のなかでは。人間の苦悩とか迷いを表現しているのね。でも何回もきかないとそういう境地にはならないものよ。」
「実を言うとね、ベルリンの壁崩壊のとき、現地からの中継を見ていたらBGMとして流れていたのよ。物悲しい旋律でね。画像とすごくマッチしていて。そのうち第四楽章に移ったから分かったわけよ。白状すると。」
「それでもすごいわ、そういう捉え方のできるあなたの感性。」

「それで第三楽章から二人の第四楽章にスムースに移行できたの?」と話をもどします。
「女としての体裁というかカタチをつくらせてもらいましたから、あとは流れに身をまかせたわ。」
「体裁とかカタチって、殺し文句と腕力で徐々にカラダに火をつけられてメルトダウンし始めたこと?」
「そんなことは貴方に教えたくありません。」と一言一言を区切っていいます。

「ソファーの上で?」ときくと頭をふり
「カーペット」と答えます。
「二人とも着たまま?」と聴くと頷きます。
「君の感想を聞かせてよ。」というとしばらく考えてからしみじみと語り始めます。
「終ってね。YMさんの体重を受け止めているときそっと目を開けたの・・・まだ動悸は収まっていないのよ。窓の外は抜けるような青空でお日様が眩しいの・・・そのうち涙が出てくるのよ。」

「ゴールネットをゆらされた余韻かい?」
「そうじないの。神がこの部屋のどこかでご覧になっていると思ったの。私が天罰を受けた様子を。」
私は一瞬虚をつかれハットとしますが
「不覚をとって僕に申し訳ないという意味合いもその涙にはあるの?」と彼女の反応を見ます。
「それはそうよ。あなたの感性ならお分りのはずよ。」
「分かっているけど、君の口からね・・・」

「しばらくしてYMさんが顔を上げる気配がしたので、目を閉じたのね。そしたら目尻から涙がこぼれるのよ。カラダを起こしてそれに気がついたYMさん優しかったわ。」
「そういうのを同床異夢というのかな? 30女の涙は複雑だからね。どのように優しかったの?」
「一旦言葉にすると壊れてしまう事ってあるでしょう?」
「5年まえの君の歌を覚えていて、涙をみて感激したのかな?・・・それで二人は美しかったの?」と先の歌詞に掛けて問います。
「あなた流に言えばYMさんは自分の思いをエレガントに遂げましたからね。」

「それで、“ただ一度だけのたわむれ”ですんだのかい?」
「どうして?」
「今までの流れを聞いていて、なんとなくね。」
「あなた、感がいいのね・・・神罰はこんな生易しいものではなかったわ。」とため息をつきます。

「K子、時間も遅いし続きは今度きかせてもらうとして、最後にひとつだけ聞いていいかな?」
「どうぞなんなりと。」
「受け留めたの? YM氏の証しを。」
しばらく考えたあと
「許したのよ・・・YMさんハンカチを握りしめていたけど・・・美しいフィナーレを迎えたいし。」
「二人が?・・・ 部長にも許してないのに?」
「あなた、ちゃんと計算しているからだいじょうぶよ。」というと立ち上がります。

私はハンガーから妻のコートをとり
「こういう痴的な話はお互いある程度IQがないと成り立たないからね。そういう意味でも僕はシアワセだな。」といいながら肩に掛けます。妻は袖に手を通しながら
「知的なお話?」と訝しがります。
私は妻のコメカミを両手で押さえ強引こちらを向かせ
「エッチのチだよ!」というと照れ隠しに乱暴にクチビルを重ねます。今まで立ったままキスをした記憶をたどりながら。残念ながら思い出せない。あったのか、なかったのか。


*余談*
銀座のY楽器店で山本潤子「Junko Yamamoto The Best」というタイトルのCDを購入した。二人のあいだではYM氏のイニシャルをとって“Yのテーマ”とよんでいます。たまに房事のBGMに使うと具合がいいようです。

〔この作品にはメンバーのみが感想を投稿できます〕


826 ファンの方へ、ありがとうございます。 2006-01-03 珊瑚七句   
セミ・ツルーストリーとして書いていますので、今後の展開はまったく分かりません。一年近く経過してからの告白でした。当初はあったであろう嫌な思い出も時間というフィルターを通すとひとつのハプニングように語れる妻に女の歴史みたいなものを感じます。

822 珊瑚七句さん。待ちかねていました。 2005-12-29 珊瑚七句さんファン   
 YM氏と、その後はどうなのか気がかりでした。実は、奥様が告白される
まえに、珊瑚七句さんが、YM氏と奥様の出会いを再び設定されるのではと期待していました。告白する女性心理は不思議ですね。告白することで、
YM氏とのことを過ちに決定したいのでしょうね。
 私の妻も、自宅で友人との酒宴の深夜、友人に犯されました。友人には
「いいよ」と告げてはありましたが。
 YM氏と再交流はありえますか。このHPの中で一番リアルで気がかりです。
 幾つか妻にも読ませました。「ほーれ、ほーれ」というとあの場面とわかる妻は、くすっと笑って知らんぷりしています。