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日記番号:892

愛する妻を堕した男

志保の夫(首都圏)


  感想集

8.重い決断

お互いに胸につかえていた物を吐き出したことですっきりし、それまで重く淀んでいた車内の空気も軽くなりました。
「さて、遅くなったから帰るぞ」
「いやよ!だって好きだと言ったのに言葉だけで何も残らないわ。私、友達の陽子に言われたの、必ず証拠を残せって」
「証拠って?」
横を向くと志保と目が合った。
志保はそのまま目を閉じた。キスを求めているとすぐに理解した。
しかし、それは私に大きなプレッシャーを与える。
志保が言うように、確かに言葉たけならその場しのぎに何とでも言えるし具体的に何も残らない。
志保が今求めているのは恋人となった男女の証だ。志保はそれがキスと云う行為と思っているのだろう。
しかし、処女の娘のキスは重いし、それが初めての体験なら尚更だ。若い女子の種々“初体験”の相手を務めるにはそれ相応の覚悟が必要と思っている。そう云う考えは当時でも少数派だったことは知っていた。
女子高生の非処女率が過半数を超えたのはバブル時代より古いとさえ言われている。大学のクラブでも処女の新入部員は“生きた化石”と揶揄され、時には珍重されている。
私も大学の4年間で学生の色々なセックス観を見聞きしてきた。
男女交際を、セックスを目的とした軽い遊びやゲーム感覚で捉えている者、男女交際を煩わしい人間関係の一形態と考えて消極的な者、後者は空想の世界でセックスを処理している。特にバブルが弾けた後の就職氷河期に大学に入学した私たちの世代から多くなったようだ。しかし、女性はバブル期と大きく変化していないし、セックスに対しての考えは増々軽くなっているように思う。
現在の若者たちのセックスは極端に言うと、一部のチャラチャラした男子が若い女子を抱え込み、セックスを独占している風にも見える。女子もそれを軽いノリで楽しんでいるようだ。

私が志保との男女の具体的関係に躊躇したのは、彼女が私との関係をどの程度真剣に考えているのか、その時点で理解出来なかったからである。
来春から社会人として責任が重くなる。学生時代は許されていた事も社会人では許されないこともある。特に金融関係の会社は男女関係には厳しいと聞いたし、学生時代は派手な交遊を続けていた先輩も会社に入ってからはまったく別人のようなお堅い人間になったことを見ている。
志保の顔を見て“結婚”と云う2文字が頭をかすめた。
志保の父親は大手電鉄会社の系列子会社の役員と聞いているし、お嬢さん学校と云われている女子学園の中学・高校を卒業していることも知っている。一般世間で言う恵まれた家庭の子女と云えるだろう。その上男性関係の悪い噂もない。
ここまま交際が進展して将来結婚に至るとしても何も問題は無いはずだが・・・。
キスだけなら、私たちの関係が短期間で終わったとしても、彼女に大きな傷を残すこともないだろう。
志保の閉じていた目が開いた。そして、その目は私の決心を促すように見えた。
私は心を決めた。
それは私の人生をも決めた瞬間でもあった。
肩に腕を回し頬に手を添えると熱く火照り、身体が微かに振るえている。
志保の呼吸を感じた。
それに吸い寄せられるように唇を重ねた。

《志保の告白》
今になって思うと本当に向こう見ずで大胆だったと恥ずかしいです。でも、私なりに必死だったんです。
省吾さんは私がガンガン押して来るので、躊躇しながらも気持ちは受け止めていたそうです。そして、結婚まで考えたそうですが、正直に告白しますと、私はそこまで考えていませんでした。好きな人と初キスができれば良かったのです。

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