メニュー ログイン

日記番号:892

愛する妻を堕した男

志保の夫(首都圏)


  感想集

7.愛が始まる時②

志保は私の行動を待っているようにも見えたが、しかし、それ以上に私の頭は混乱していた。
「中川さん、遅くなるよ」浮ついた声で話しかける。
「先輩、わたし・・・、わたし・じゃ・・・、だめ・ですか・・・」
「えっ?なにがだめなの?」
志保の唐突な言葉にまったく付いて行けず混乱に拍車をかけたことは確かです。今思うとなんて馬鹿な返事を・・・。その時の事は今でも「私がどんな気持ちでいたと思う?貴男って本当にディリカシーがない人なんだから・・・」と責められる。
まったく気が付かなかった訳では無い。ただどうしていいか判らなかったのだ。何しろ2人だけで会ったのはあの日が初めてだし、もし私の思い違いだったら洒落にもならない。
志保が好意を寄せていることを少しは理解していたが、それがどの程度のレベルなのかまったく分からなかった。その前に東京でデートを一度でもしていたら気持ちの確認くらいは把握していたと思うが。
気まずい雰囲気の中、志保はクローゼットから長袖のシャッツとデニムのショートパンツを持ってバスルームに入って行った。
間もなく着替えて部屋に戻って来たが目を合せようとも話しかけようともしなかった。
私たちは無言のまま札幌ビール園に行き、ただ黙々とジンギスカンを食べた。ただし断っておくが私は車で、志保は未成年だったので生ビールの代わりにジュースだったことも盛り上がらなかった一因だったかもしれない。
それでも札幌ビール園の独特の活気溢れた雰囲気に心が和んだのか、志保の顔に笑みが見られるようになった。最後に食べたアイスクリームを美味しいと言って私の分まで平らげた。
2人の会話の共通な話題はテニス関係かテニスクラブに限定される。あとは二人の趣味だが、それはクラブのコンパでも話しているので新味はない。
札幌ビール園からは出たのは8時頃だったが、夜に未成年の志保を案内する場所は限られる。取りあえずドライブをすることになり、東京以北では最大の歓楽街と言われているススキノを通り抜けてからホテルに戻る事にしたが、志保はまだ帰りたくないと言う。
「藻岩山から夜景を見ようか?」と誘うが、「何所でもいいからドライブしたい」と答える。
特に目的も無く石狩方向に車を進める。
車の中でも2人の話題はやはりテニスクラブ関係が中心でやがて部員の噂話になる。誰と誰が仲が良いとか人気がある部員とかで特に珍しい話でもない。話題が尽きたころ石狩海岸付近にまで来ていた。
8月の石狩海岸は短い夏の海水浴キャンプを楽しむ人達で賑わっている。
そこから少し離れた場所に車を停めて夜の海を眺めていると、志保が改まった口調で話しかけてきた。
「浅井先輩には今お付合いしている彼女はいるんですか?」
ストレートな質問だったが、雰囲気からその質問は想定していた。もちろんその答えも考えていた。
「テニス部の連中は何て言っているの?」
「それが・・・、誰も正確に分からないようなんです。前に付き合っていた彼女とは別れたらしいとか、今でも付き合っているらしいとか、話す人によって違うんです。でも一つだけはっきりしていたのはその女性はテニス部の部員では無いし、同じ大学の学生でもないと言うことだけです」
「中川さんはどう思っているの?」
「わかりませんが・・・、たぶんいないような気がします」
志保はしばらく間を置いてゆっくり答えた。
「だって・・・、もし、彼女がいたらこんな時間に私とこんな所にいないと思います」
それを聞いて「なるほど」と感心し、また19才の純真な女の子らしいとも思った。この子は皆が言っているように、本物の処女かもしれないと直感的に思った。
そして、この時だけは私も少しキザな大人の男を演じる気になっていた。夜の海がそう言う雰囲気にしたのかもしれない。(妻にその時の事を言われると、尻がムズムズするほど照れくさい)
「僕にも好きな彼女はいるよ」
そう言って横目で志保の顔を見た。
志保はちょっと驚いた後、明らかに落胆の表情を浮かべた。
「その子のことは中川さんも知っていると思うけど・・・」
「え、えっ!私が知っている人・・・ですか?えっ、誰だろう?」
その後しばらく考えた後、テニス部の女子部員の名を上げたが、私はそれを即座に全て否定して行く。
「私が知っている人はもう思い浮かびません・・・、本当に私が知っている人ですか?」
「もちろん、でも、今まで君が上げた中にはいなかった。中川さんは大事な人を忘れているよ」
志保はまた考え始めた。口の中でブツブツ独り言を言っている。
「えっ!そんな、そんなこと・・・うそでしょう?」
「うそじゃないよ。もう分かっただろう?照れくさいから言わなくてもいいよね?」
「浅井先輩、意地悪!本当に?でも言ってください!先輩の口から言ってください」
志保は興奮した気持ちを押さえられないように大きな声で叫んだ。
私のその叫びが遠くに見える花火のように夜空に広がっていくように感じた。(ちょっとオーバーかな?)
「浅井省吾の好きな彼女の名前は中川志保。中学生の頃に見たテレビアニメ“タッチ”の主人公、上杉達也のようで照れるからもう言わないよ、はははは」と、言った後で自分が照れくさくなり、笑いで誤魔化した。
この時点で私もかなりハイな気分になっていたことは確かです。
「わぁ~、嬉しい!私も大きな声で言っていいですか?中川志保の好きな彼の名前は浅井省吾先輩です」志保も浅倉南に成りきったように大きな声で言った。
まことに照れくさくて恥ずかしい限りですが、これが私と志保の青春が始まりでした。
今でも、妻にその時の事を言われると、尻がムズムズするほど照れくさくて居心地が悪くなります。

《志保の告白》
「私じゃだめですか?」確かに唐突な言葉だったと思います。でも19才の女子としてはかなり大胆な言葉だったと思いますが、ホテルのお部屋に誘った時点で、女の子が何を考えているか察して欲しかったのです。あの時食べたジンギスカン鍋の味はまったく覚えていません。
あの時の恋人宣言は絶対に忘れません。私は省吾さんがあそこまではっきり言うとは期待していませんでした。それまでの省吾さんとは違うキャラにも驚きました。まさかあの場面でタッチの上杉達也が出て来るとは思いませんでした。本当に嬉しかったわ。

前頁 目次 次頁