1. 夜の彼方に咲く 信也
僕の妻、綾子は僕より2つ下の三十四歳。
出会った頃より、今の彼女はずっと美しい。
艶やかな髪、しなやかな肌、そして何より、彼女の身体からは、"解き放たれた女"の甘く熟れた匂いが漂っている。
──それが、誰の手によって咲かされた花なのかを、僕は知っている。
ある夜、彼女のスマートフォンを、ふとした衝動で覗いた。
浮かぶ文字列。濡れた言葉。見たことのない顔文字。
そして、ある男の名。
【私、あんなに感じたのは初めてです】
【これまでの夫との営みは何だったんだろうって・・・】
最初にそのLINEを見たとき、僕は手の震えを止められなかった。
綾子が別の男に抱かれている──想像するだけで胃が焼けた。
けれど、それと同時に、なぜか……身体の奥が熱くなったのだ。
嫉妬と興奮、羞恥と欲望。
ぐちゃぐちゃに入り乱れた感情の中で、
最後に残ったのは──
どうしようもない昂ぶりだった。
彼女の相手は、職場の上司。
単身赴任中の、元ラガーマンの課長。
僕とは違って、体格のいい男に抱かれ、綾子はあそこを濡らしながら、喘ぎ声をあげていたのだ。
始まりは2年ほど前らしい。
快感を教えられた妻は、その後、週に一度、あるいは二度、ラブホテルや彼のマンションで抱かれていたようだ。
当然、関係は深まり、Lineから率直な言葉が溢れ出す。
【昨日は乱れてしまって、思い出すと、顔が赤くなります】
【でもあれが本当のセックスなんですね】
付き合い始めて半年ほどすると、もっと直接的な言葉で悦びを伝えるようになった。
【昨日は、あなたの大きなもので、奥の方をいっぱい擦られて・・・イッテしまいました・・】
【夫のものとは比べ物にならないくらい大きくて逞しいです・・・】
【私、避妊してるから、いっぱい出して・・・大丈夫……全部、受け止めるから】
1年が過ぎる頃には、その男は、綾子に別の男を紹介した。
【今度はこの男に抱かれてこい】
綾子はその命令に従い、ホテルに向かい、初めて会った男の前で服を脱ぎ、セクシーな下着姿であるいは全裸で性の奉仕を行う。
そして──その夜の出来事を、詳細にLINEで報告していた。
なぜだろう。そんな妻を想像するたび、喉が渇き、息が上がる。
家に戻った綾子は、何事もなかったように微笑む。
静かにキッチンに立ち、いつも通りに僕を迎える。
そして夜には、彼らに教え込まれた性技で僕を蕩かせ、自分も甘く啼くのだ。
腰の動き、舌の絡め方、吐息の間、以前とは明らかに違う。
綾子は避妊具を子宮に入れていると、彼らには話している。
けれど、僕にはそのことを黙っている。
「ダメよ。妊娠したら困るから」
そう言って、僕にはゴムを求める。
でも、彼らには……そのまま受け入れているようだ。
その事実に、僕は言葉にできないほどの感情を抱いている。
怒りではない。
悲しみでもない。
ただ──興奮だった。そう、もの凄い興奮だ。
綾子はもう、"僕の綾子"ではなく、"彼の綾子"であり、そして時にはまた"別の男の綾子"なのだ。
その事実が僕を興奮させる。
妻が、他の男たちの指示に従い、淫らに咲き、そして僕のもとへ戻ってくるなら──
この関係を、僕は壊したくない。
永遠に続いてほしいとさえ思っている。
2. 夜の彼方に咲く 綾子
私は、女として“咲いてしまった”。
夫には、まだ気づかれていない──
そう思っていた。でも、時々、その瞳の奥に、言葉にしない何かを感じることがある。
あの夜のことを、よく覚えている。
最初はほんの出来心だった。
仕事帰りに飲みに誘われた課長。
酔った勢いでホテルに入ってしまった私に、言い訳はできない。
けれど、それは私の中の何かを──開けてしまった。
課長は、大きな手で私を抱いた。
それまでの私が知らなかった方法で、私を愛撫し、責め、そして命じた。
恥ずかしいほど、身体は反応してしまった。
気がつけば、週に1度、2度。
あの人の部屋、ホテル。
一度だけ、課長に『もうやめましょう』と言いかけたことがあった。けれど、彼の指が私の奥をなぞった瞬間──その言葉は、声にならなかった。
そして、いつからか私は、彼の言葉を待つようになっていた。
【今度、あの男に抱かれてこい】
最初は戸惑った。でも、断れなかった。むしろ、身体が勝手に、期待していた。
知らない男と会い、ホテルに入り、命令どおりに服を脱ぎ抱かれる。
それを何度か繰り返すうちに、気に入った男とセフレとして付き合うようになった。それは彼に抱かれるのとはまた違った興奮を私に与えた。
ある日、セフレが言った。
「金をもらってやってこい。俺が選んだデリに登録しろ」
私は、ただ頷いていた。そして毎週のように身体を売った。
自分が物として扱われ、堕とされていくことに、凄く興奮した。
こうして誰かのものになっていく私を、私はどこかで快感として受け入れていた。
そして、家に帰る。
いつも通りに、夫の前では優しい妻を演じる。
ご飯を作り、洗濯物をたたみ、さりげなく笑う。
──風呂上がりには、彼が選んだレースのランジェリーを着け、膣奥に、まだ別の誰かの体液が残っている身体で夫に抱かれる。
それもまた彼の命令だ。
「帰ったら、俺のザーメンを入れたままで、亭主に抱かれるんだ。いいな」
その言葉には、わざと下品に私を突き落とすような、冷たい笑みが混じっていた。
「……はい……」
私の返事は、小さな吐息のように漏れた。けれど、身体はもう、抗うことを知らなかった。
夫とのセックスでも、以前よりも感じるようになった。
夫が私の身体を開発したのではなく、彼が開発した。その事実が私を興奮させる。そんな身体で夫に抱かれると、以前よりもずっと感じるし、それを夫も喜んでくれている。
夫には話していないけれど、1年前に避妊具を入れた。
それ以来、あの人たちはコンドームなしで中に出すようになった。
夫に「生はダメよ」と言ったとき、どこか罪悪感を覚えた。
けれど同時に、私は昂ぶっていた。
私が夫に嘘をついて、他の男に抱かれ、あれを生で入れてもらい、体液を直接受け入れていること。
その事実が、私を女として、より深く目覚めさせていくのがわかる。
服の選び方も変わった。
メイクも、下着も、爪先も。それも彼の命令だ。
知らぬ間に、男の視線を浴びることに快感を覚えるようになっていた。
そして最近、夫の目が時々、私をまっすぐに見つめてくる。
もしかしたら……知っているのかもしれない。
けれど、問いただすことはない。
代わりに、優しく私を抱く。
その腕の中で、私は時々、こう思う。
夫は本当はすべてを知っていて、すべてを許してくれているのではないかと。
もう一人の家族である娘の遥の目も気にはなる。
お風呂上がり、私は彼が選んだレースのランジェリーを身に着ける。胸の谷間が見えるようにデザインされたキャミソールと、股間の割れ目が透けて見えるTバックショーツ。
鏡の前でふと、脱衣所に置きっぱなしになっていた遥の下着が目に入った。中学生らしく、まだ淡い色の、少女らしい布地。
「……あの子も、いずれ“咲く”んだろうか」
そんなことを考えてしまう私は、やっぱりどこか壊れているのかもしれない。
遥は、私を「普通のお母さん」だと思っているだろう。
でも本当の私は──
誰かの命令に従って他人に身体を与え、快楽に溺れている女だ。
罪悪感がまったくないわけではない。遥がランドセルを背負っていた頃の笑顔を思い出すたびに、心の奥で、小さな棘がちくちくと疼く。
けれど、そう思うのも一瞬。彼からのLINEが鳴れば、私の頭の中は、すぐに別の女の顔になる。
この前の夜、寝室で夫に抱かれているとき、ふと廊下の物音に気づいた。
──遥。トイレかもしれない。
声を殺し、動きを止める。夫は私の耳元で「大丈夫」とささやき、再び腰を動かし始めた。
そのとき、不意に込み上げたのは、恐怖でも羞恥でもない。なぜか、嬉しさだった。
私はいま、「女」としてここにいて、娘にバレるかもしれないスリルの中で、「母」であることを忘れていた。
いけない。いけないことだ。でも──やめられなかった。
私たちはもう、「普通の夫婦」ではないのかもしれない。
でも、この秘密と快楽に満ちた関係の中で、私は確かに、女として生きているのだ。
3. 夜の彼方に咲く 信也2
──あの夜も、そうだった。
綾子は少し遅れて帰ってきた。
「残業が長引いちゃった」と言って、コンビニの袋を手にぶら下げていた。
ラップされたサラダと、発泡酒。それを並べて、「今日は簡単にしよう」と笑った。
キッチンで何気なく動く彼女の身体の、その奥に、誰かの体温がまだ残っているのだと思うと、胸の奥がぞわぞわと騒いだ。
彼女は、その日も、誰かに抱かれていた。
上司か、紹介されたセフレか、それは分からない。もしかしたら、客を取ったのかもしれない。そう最近は、セフレの命令でデリヘリもするようになっていた。
湯上がりの綾子が、静かに寝室に入ってきた。
僕はそのとき、もうベッドに横になっていたが、目は閉じていなかった。
「……ねぇ、する?」
ぽつりと、綾子が言った。
その声は、どこか濡れていて、そして少しだけ、許しを請うようだった。
僕は何も言わずに、彼女の身体を引き寄せた。
彼女は自分から脚を絡めてきて、僕の下に入った。
唇を重ね、肌を撫でる。
そのとき、わずかに匂う栗の花の香り。
入れた瞬間──わかった。
彼女の身体には、まだ、別の男の体液がたっぷりと残っていた。
それが僕のものにねっとりと絡みついてくる。
僕はそれを、ただ静かに受け入れた。
怒りも悲しみも、もうなかった。
あるのはただ、どうしようもないほどの──興奮。
「んっ……ぁ……信也……」
綾子は甘く喘ぎ、目を伏せる。
その瞳の奥に、一瞬、何かがよぎった。
後ろめたさか、あるいは……悦びか。
僕は、それを確かめようとは思わなかった。
むしろ、確かめたくなかった。
彼女の奥で、僕は動いた。
彼女はそれに応え、腰を揺らし、足の指をきゅっと丸める。
その顔には、確かに快楽が浮かんでいた。
けれど、それが"僕によるもの"である保証は、どこにもなかった。
──それでも、いい。
誰かに抱かれたあとの綾子を、僕が抱く。
彼女の身体にまだ残っている男の体液を、僕が舐める。
それは、倒錯かもしれない。
でも、たまらなかった。
僕は確かに、いまこの瞬間、彼女と最も深く繋がっていると思った。
僕の下で喘ぐ綾子は、もう"僕だけの女"ではない。
だけど、"他の誰かだけの女"でもない。
彼女は、夜の彼方に咲いたまま、また僕の腕に戻ってくる。
それが、この上なく──美しい。
4. 夜の彼方に咲く 遥
お母さんは、最近、なんだかきれいになった気がする。
前からきれいだったとは思うけど、最近はもっと、うまく言えないけど──
なんていうか、「自分のことをちゃんと知ってる人」っていう感じがする。
髪もツヤツヤで、ネイルも前よりちょっと派手になったし、ベランダに干してある下着とかも、レースとか黒とかが増えたのがわかる。ショーツもTバックだったり、ガーターベルトなんかもある。
「これ、ちょっと高校生の娘がいたら怒られそうよね~」
って笑ってたけど、うちはまだ中学生だから、大丈夫だよって返した。
でも正直、お父さんとお母さんが、どこか「普通じゃない気がする」って思い始めたのは、もうずっと前のことだった。
ある日、夕飯のとき、お母さんがふっと笑った。
「今日はね、ちょっと疲れちゃって、コンビニで済ませちゃった。御免ね」
そう言って、サラダと、発泡酒と、簡単なお惣菜だけをテーブルに並べた。
でも、お母さんはどこか嬉しそうだった。疲れてるのに。
そのあと、お風呂から出てきたお母さんは、シースルーのランジェリーを着てて、ちょっとだけ、いい匂いがした。
そのとき、お父さんがテレビを見ながら、ちらっとお母さんを見た。
無言だったけど、その目は、何かを知ってる目だった。
……なんだろう。
たまに夜、寝室から音が聞こえてくる。
うるさいとかじゃないけど、微かに──お母さんの声が聞こえる。
こっそりイヤホンで音楽を聴きながら、気づかないふりをしてる。
でも、一度だけ、夜中にトイレに起きたとき、寝室のドアが少しだけ開いてた。その隙間から、お母さんの脚が見えた。うす暗い部屋の中で、白くて、艶っぽい脚が少し震えていた。
見ちゃいけないと思って、すぐにドアの方から目をそらしたけど──
心臓がドクドクいって、なんだか、泣きそうだった。
最近、お母さんが出かけるときの服が、少しずつ変わってきた。
前よりスカートが短かったり、ブラウスがシースルーでブラが見えたり。
どこに行くの?って聞くと、「ちょっとランチよ」とか、「会社の人と打ち合わせよ」だとか言うけれど——
でも、そのわりに、口紅の色が濃かったり、香水を変えてたりする。
この間、お母さんがスマホをテーブルに置きっぱなしにしてたとき、通知のポップアップが一瞬だけ表示された。
そこには、見たことのない名前と──
その後に続く【今日はいい声で啼いてたな】というメッセージ。
意味は、なんとなくわかってしまった。でも、その“わかってしまった”ことが、頭を真っ白にした。
お父さんは、何も言わない。
お母さんが遅く帰ってきても、何も聞かない。
でもその代わりに、いつもより優しくお母さんに接している気がする。
なんで? 怒らないの? 悲しくないの? って思うけど──
もしかしたら、お父さんは、全部知ってるのかもしれない。
知ってて、黙ってる。
それが、もっと怖い。
私はまだ中学生だけど、
「家族」って、どんな形が正しいのか、もうわからない。
でも、確かにわかるのは──
お母さんは今、「誰かの女」になっていて、
お父さんはそれを、「夫としての愛」で受け止めてるということ。
そして私は、その2人の間で、何も知らないふりをして、
今日も普通に、「いただきます」と言う。
でも、夜の彼方に咲いているのは、
たぶんお母さんだけじゃない。
きっと、お父さんも、私も──
夜の奥で、誰にも見えない花を咲かせているのかもしれない。
5. 夜の彼方に咲く 課長
──最初から、壊れていたのかもしれない。
いや、壊したのは俺か。
いや……違う。壊れたいと、どこかで願っていた女を、ただ導いただけだ。
綾子と初めて寝たのは、雨の夜だった。
営業帰りに駅前の焼き鳥屋へ誘い、カウンターで酒を飲みながら、たわいのない話をした。
最初から、彼女の瞳の奥には、火が灯っていた。
それを、俺は知っていた。
そして──焚きつけた。
「終電、もうないね」
「……ですね」
たったそれだけの会話で、十分だった。
ホテルのベッドで、綾子の服を脱がせたとき、彼女の身体は小さく震えていた。
羞恥か、罪悪感か、あるいは期待か──
だが、身体はすでに濡れていた。
女は頭で否定しても、身体が正直に答えを出す。
俺は女の扱いを知っている。
どこを撫で、どこを責めれば声が漏れるか。
どんな言葉で崩れるか。
年を重ねるほど、男は“理解”で女を征服する。
「声、出してみろ」
「誰に抱かれてるか、言ってみろ」
「旦那のものと比べてどうだ?」
「亭主より気持ちいいか?」
命令すれば、綾子は素直になった。
許可されて堕ちることで、自分を肯定できる女。
だから、俺は命じた。
週に一度、あるいは二度──
彼女の方から予定を聞いてくるようになった頃には、もう完全に俺の女だった。
【今週、いつ会えますか?】
【抱かれたいです】
【……お願い、声が聞きたい】
“他人の女”が“自分の女”に変わっていく過程ほど、甘美なものはない。
だが、1年が過ぎた頃、俺はもう一歩踏み込んだ。
“別の男”を与えたのだ。
それが綾子にとって、次の扉になると確信していたから。
「今度、この男に抱かれてこい」
そう送ったLINEに、数分の沈黙があった。
だが、すぐに──
【……わかりました】
何も聞かず、ただ従う。
その無言の服従が、なにより官能的だった。
知らない男に抱かれた綾子は、その夜の出来事を詳細に報告してきた。
どこで、どんな体位で、何回イかされて、どこに出されたか──
そのたびに、俺は別の快楽を覚えた。
“支配”は、“行為”以上に深く、甘い。
そして次に命じたのは、“売春”だった。プロに落とすことで、最後の“家庭の女”としての仮面を剥ぎ取るために。
セフレの男にそう言わせ、俺は後押しした。
「金をもらって抱かれてこい」
「知らない男に、金を貰って、体を与えろ」
「自分の価値を、男の欲望で測ってみろ」
綾子は、また頷いた。
綾子は、とうとうそこにまで堕ちた。
だが、その瞳の奥にあったのは、絶望じゃない。
──快楽だった。
もはや、ただの人妻ではない。
誰かの所有物として命令を受け入れ、淫らに咲く“雌”になった。
俺は時々、わざと冷たく言った。
「今夜も中に出す。そのまま、旦那に抱かれろ」
「お前の愛液と混ざったままで、イってこい」
「いいか。バレるかもしれないって思いながら、抱かれてこい」
綾子は、躊躇わない。
微かに震えながら、小さく頷く。
【……はい】
それだけで、俺の中の本能が満たされていく。
“いい女”は、家庭の中で飢えている。
愛されているはずの場所で、女としての渇きだけが深まっていく。
綾子もそうだった。
俺は、拾っただけだ。咲かせただけだ。
男に弄ばれ、命令に従い、淫らに堕ちていく女。
その姿を、誰よりも美しいと思う。
声の出し方、腰の動き、男の扱い──
すべて俺が教えた。
綾子の身体には、俺の痕跡が染み込んでいる。
旦那が気づかないはずがない。
──いや、きっと気づいている。
だが、あの男は、壊れなかった。
綾子が遅く帰っても、化粧が濃くなり下着が派手になっても、避妊を拒む理由が曖昧でも、彼は決して問い詰めない。
代わりに、静かに、そして優しく綾子を抱く。
まるで──
すべてを知っている男の顔だった。
自分の女が、他の男に抱かれ、堕ちていく様を、知りながら見過ごす。
いや、受け入れている。
それどころか──悦んでいる。
そう感じる瞬間が、確かにあった。
いつか綾子が言っていた。
「夫、変わったんです。前よりも、私を丁寧に抱くようになった」
それを聞いて、俺は思った。
──“完成”したな、と。
綾子はもう、あの男のものじゃない。
完全に俺のものだ。そう”身の心も”というやつだ。
そして旦那は、もはや「綾子を所有する夫」ではない。
“誰かの命令で堕ちていく妻を、黙って抱く夫”だ。
滑稽だが──美しい構図だ。
綾子が男たちに乱され、汚されて、なお「妻として家に戻る」ことで、この関係は完成する。
夫が、全てを知った上で受け入れている。
その事実が、俺には妙に心地よかった。
──ああ、面白い夫婦だよ。
だから俺は、壊さない。
壊さずに、壊れたままを維持する。
それが、いちばん淫靡で、美しい。
今度、中学生の娘が旅行に行っている日に、綾子の家に遊びに行くつもりだ。表向きは、綾子の上司として、呼ばれていく形。
夕食後、旦那のいる前で、綾子に言わせるつもりだ。
「課長さん、お風呂を使ってください」
そうしたら、俺はこう答える。
「そうだな・・・じゃあ、綾子、背中を流してくれるか」
綾子は「・・・はい・・・」とだけ答えて、俺に付いてくるだろう。
そして風呂で、綾子に俺のものを素手で洗わせる。もちろん綾子はあそこを濡らすだろうが、知らんふりをする。
風呂から出たら、俺はバルローブを着て、セクシーな下着姿の綾子を連れて、居間に戻る。
そして亭主に、「今夜は綾子を使うからな」と宣言して、寝室に向かう。もちろんドアは大きく開けたまま、明るい中で綾子を抱くつもりだ。
「亭主が見ているぜ」と耳元で囁いてやると、綾子はいつもよりも乱れて、大きな喘ぎ声を出すはずだ。
次の日の夜には、夫婦は黙って燃えるだろう。
今回は、娘が旅行に行っている日だが、次は娘のいる日に泊まりにいくつもりだ。
僕の妻、綾子は僕より2つ下の三十四歳。
出会った頃より、今の彼女はずっと美しい。
艶やかな髪、しなやかな肌、そして何より、彼女の身体からは、"解き放たれた女"の甘く熟れた匂いが漂っている。
──それが、誰の手によって咲かされた花なのかを、僕は知っている。
ある夜、彼女のスマートフォンを、ふとした衝動で覗いた。
浮かぶ文字列。濡れた言葉。見たことのない顔文字。
そして、ある男の名。
【私、あんなに感じたのは初めてです】
【これまでの夫との営みは何だったんだろうって・・・】
最初にそのLINEを見たとき、僕は手の震えを止められなかった。
綾子が別の男に抱かれている──想像するだけで胃が焼けた。
けれど、それと同時に、なぜか……身体の奥が熱くなったのだ。
嫉妬と興奮、羞恥と欲望。
ぐちゃぐちゃに入り乱れた感情の中で、
最後に残ったのは──
どうしようもない昂ぶりだった。
彼女の相手は、職場の上司。
単身赴任中の、元ラガーマンの課長。
僕とは違って、体格のいい男に抱かれ、綾子はあそこを濡らしながら、喘ぎ声をあげていたのだ。
始まりは2年ほど前らしい。
快感を教えられた妻は、その後、週に一度、あるいは二度、ラブホテルや彼のマンションで抱かれていたようだ。
当然、関係は深まり、Lineから率直な言葉が溢れ出す。
【昨日は乱れてしまって、思い出すと、顔が赤くなります】
【でもあれが本当のセックスなんですね】
付き合い始めて半年ほどすると、もっと直接的な言葉で悦びを伝えるようになった。
【昨日は、あなたの大きなもので、奥の方をいっぱい擦られて・・・イッテしまいました・・】
【夫のものとは比べ物にならないくらい大きくて逞しいです・・・】
【私、避妊してるから、いっぱい出して・・・大丈夫……全部、受け止めるから】
1年が過ぎる頃には、その男は、綾子に別の男を紹介した。
【今度はこの男に抱かれてこい】
綾子はその命令に従い、ホテルに向かい、初めて会った男の前で服を脱ぎ、セクシーな下着姿であるいは全裸で性の奉仕を行う。
そして──その夜の出来事を、詳細にLINEで報告していた。
なぜだろう。そんな妻を想像するたび、喉が渇き、息が上がる。
家に戻った綾子は、何事もなかったように微笑む。
静かにキッチンに立ち、いつも通りに僕を迎える。
そして夜には、彼らに教え込まれた性技で僕を蕩かせ、自分も甘く啼くのだ。
腰の動き、舌の絡め方、吐息の間、以前とは明らかに違う。
綾子は避妊具を子宮に入れていると、彼らには話している。
けれど、僕にはそのことを黙っている。
「ダメよ。妊娠したら困るから」
そう言って、僕にはゴムを求める。
でも、彼らには……そのまま受け入れているようだ。
その事実に、僕は言葉にできないほどの感情を抱いている。
怒りではない。
悲しみでもない。
ただ──興奮だった。そう、もの凄い興奮だ。
綾子はもう、"僕の綾子"ではなく、"彼の綾子"であり、そして時にはまた"別の男の綾子"なのだ。
その事実が僕を興奮させる。
妻が、他の男たちの指示に従い、淫らに咲き、そして僕のもとへ戻ってくるなら──
この関係を、僕は壊したくない。
永遠に続いてほしいとさえ思っている。
2. 夜の彼方に咲く 綾子
私は、女として“咲いてしまった”。
夫には、まだ気づかれていない──
そう思っていた。でも、時々、その瞳の奥に、言葉にしない何かを感じることがある。
あの夜のことを、よく覚えている。
最初はほんの出来心だった。
仕事帰りに飲みに誘われた課長。
酔った勢いでホテルに入ってしまった私に、言い訳はできない。
けれど、それは私の中の何かを──開けてしまった。
課長は、大きな手で私を抱いた。
それまでの私が知らなかった方法で、私を愛撫し、責め、そして命じた。
恥ずかしいほど、身体は反応してしまった。
気がつけば、週に1度、2度。
あの人の部屋、ホテル。
一度だけ、課長に『もうやめましょう』と言いかけたことがあった。けれど、彼の指が私の奥をなぞった瞬間──その言葉は、声にならなかった。
そして、いつからか私は、彼の言葉を待つようになっていた。
【今度、あの男に抱かれてこい】
最初は戸惑った。でも、断れなかった。むしろ、身体が勝手に、期待していた。
知らない男と会い、ホテルに入り、命令どおりに服を脱ぎ抱かれる。
それを何度か繰り返すうちに、気に入った男とセフレとして付き合うようになった。それは彼に抱かれるのとはまた違った興奮を私に与えた。
ある日、セフレが言った。
「金をもらってやってこい。俺が選んだデリに登録しろ」
私は、ただ頷いていた。そして毎週のように身体を売った。
自分が物として扱われ、堕とされていくことに、凄く興奮した。
こうして誰かのものになっていく私を、私はどこかで快感として受け入れていた。
そして、家に帰る。
いつも通りに、夫の前では優しい妻を演じる。
ご飯を作り、洗濯物をたたみ、さりげなく笑う。
──風呂上がりには、彼が選んだレースのランジェリーを着け、膣奥に、まだ別の誰かの体液が残っている身体で夫に抱かれる。
それもまた彼の命令だ。
「帰ったら、俺のザーメンを入れたままで、亭主に抱かれるんだ。いいな」
その言葉には、わざと下品に私を突き落とすような、冷たい笑みが混じっていた。
「……はい……」
私の返事は、小さな吐息のように漏れた。けれど、身体はもう、抗うことを知らなかった。
夫とのセックスでも、以前よりも感じるようになった。
夫が私の身体を開発したのではなく、彼が開発した。その事実が私を興奮させる。そんな身体で夫に抱かれると、以前よりもずっと感じるし、それを夫も喜んでくれている。
夫には話していないけれど、1年前に避妊具を入れた。
それ以来、あの人たちはコンドームなしで中に出すようになった。
夫に「生はダメよ」と言ったとき、どこか罪悪感を覚えた。
けれど同時に、私は昂ぶっていた。
私が夫に嘘をついて、他の男に抱かれ、あれを生で入れてもらい、体液を直接受け入れていること。
その事実が、私を女として、より深く目覚めさせていくのがわかる。
服の選び方も変わった。
メイクも、下着も、爪先も。それも彼の命令だ。
知らぬ間に、男の視線を浴びることに快感を覚えるようになっていた。
そして最近、夫の目が時々、私をまっすぐに見つめてくる。
もしかしたら……知っているのかもしれない。
けれど、問いただすことはない。
代わりに、優しく私を抱く。
その腕の中で、私は時々、こう思う。
夫は本当はすべてを知っていて、すべてを許してくれているのではないかと。
もう一人の家族である娘の遥の目も気にはなる。
お風呂上がり、私は彼が選んだレースのランジェリーを身に着ける。胸の谷間が見えるようにデザインされたキャミソールと、股間の割れ目が透けて見えるTバックショーツ。
鏡の前でふと、脱衣所に置きっぱなしになっていた遥の下着が目に入った。中学生らしく、まだ淡い色の、少女らしい布地。
「……あの子も、いずれ“咲く”んだろうか」
そんなことを考えてしまう私は、やっぱりどこか壊れているのかもしれない。
遥は、私を「普通のお母さん」だと思っているだろう。
でも本当の私は──
誰かの命令に従って他人に身体を与え、快楽に溺れている女だ。
罪悪感がまったくないわけではない。遥がランドセルを背負っていた頃の笑顔を思い出すたびに、心の奥で、小さな棘がちくちくと疼く。
けれど、そう思うのも一瞬。彼からのLINEが鳴れば、私の頭の中は、すぐに別の女の顔になる。
この前の夜、寝室で夫に抱かれているとき、ふと廊下の物音に気づいた。
──遥。トイレかもしれない。
声を殺し、動きを止める。夫は私の耳元で「大丈夫」とささやき、再び腰を動かし始めた。
そのとき、不意に込み上げたのは、恐怖でも羞恥でもない。なぜか、嬉しさだった。
私はいま、「女」としてここにいて、娘にバレるかもしれないスリルの中で、「母」であることを忘れていた。
いけない。いけないことだ。でも──やめられなかった。
私たちはもう、「普通の夫婦」ではないのかもしれない。
でも、この秘密と快楽に満ちた関係の中で、私は確かに、女として生きているのだ。
3. 夜の彼方に咲く 信也2
──あの夜も、そうだった。
綾子は少し遅れて帰ってきた。
「残業が長引いちゃった」と言って、コンビニの袋を手にぶら下げていた。
ラップされたサラダと、発泡酒。それを並べて、「今日は簡単にしよう」と笑った。
キッチンで何気なく動く彼女の身体の、その奥に、誰かの体温がまだ残っているのだと思うと、胸の奥がぞわぞわと騒いだ。
彼女は、その日も、誰かに抱かれていた。
上司か、紹介されたセフレか、それは分からない。もしかしたら、客を取ったのかもしれない。そう最近は、セフレの命令でデリヘリもするようになっていた。
湯上がりの綾子が、静かに寝室に入ってきた。
僕はそのとき、もうベッドに横になっていたが、目は閉じていなかった。
「……ねぇ、する?」
ぽつりと、綾子が言った。
その声は、どこか濡れていて、そして少しだけ、許しを請うようだった。
僕は何も言わずに、彼女の身体を引き寄せた。
彼女は自分から脚を絡めてきて、僕の下に入った。
唇を重ね、肌を撫でる。
そのとき、わずかに匂う栗の花の香り。
入れた瞬間──わかった。
彼女の身体には、まだ、別の男の体液がたっぷりと残っていた。
それが僕のものにねっとりと絡みついてくる。
僕はそれを、ただ静かに受け入れた。
怒りも悲しみも、もうなかった。
あるのはただ、どうしようもないほどの──興奮。
「んっ……ぁ……信也……」
綾子は甘く喘ぎ、目を伏せる。
その瞳の奥に、一瞬、何かがよぎった。
後ろめたさか、あるいは……悦びか。
僕は、それを確かめようとは思わなかった。
むしろ、確かめたくなかった。
彼女の奥で、僕は動いた。
彼女はそれに応え、腰を揺らし、足の指をきゅっと丸める。
その顔には、確かに快楽が浮かんでいた。
けれど、それが"僕によるもの"である保証は、どこにもなかった。
──それでも、いい。
誰かに抱かれたあとの綾子を、僕が抱く。
彼女の身体にまだ残っている男の体液を、僕が舐める。
それは、倒錯かもしれない。
でも、たまらなかった。
僕は確かに、いまこの瞬間、彼女と最も深く繋がっていると思った。
僕の下で喘ぐ綾子は、もう"僕だけの女"ではない。
だけど、"他の誰かだけの女"でもない。
彼女は、夜の彼方に咲いたまま、また僕の腕に戻ってくる。
それが、この上なく──美しい。
4. 夜の彼方に咲く 遥
お母さんは、最近、なんだかきれいになった気がする。
前からきれいだったとは思うけど、最近はもっと、うまく言えないけど──
なんていうか、「自分のことをちゃんと知ってる人」っていう感じがする。
髪もツヤツヤで、ネイルも前よりちょっと派手になったし、ベランダに干してある下着とかも、レースとか黒とかが増えたのがわかる。ショーツもTバックだったり、ガーターベルトなんかもある。
「これ、ちょっと高校生の娘がいたら怒られそうよね~」
って笑ってたけど、うちはまだ中学生だから、大丈夫だよって返した。
でも正直、お父さんとお母さんが、どこか「普通じゃない気がする」って思い始めたのは、もうずっと前のことだった。
ある日、夕飯のとき、お母さんがふっと笑った。
「今日はね、ちょっと疲れちゃって、コンビニで済ませちゃった。御免ね」
そう言って、サラダと、発泡酒と、簡単なお惣菜だけをテーブルに並べた。
でも、お母さんはどこか嬉しそうだった。疲れてるのに。
そのあと、お風呂から出てきたお母さんは、シースルーのランジェリーを着てて、ちょっとだけ、いい匂いがした。
そのとき、お父さんがテレビを見ながら、ちらっとお母さんを見た。
無言だったけど、その目は、何かを知ってる目だった。
……なんだろう。
たまに夜、寝室から音が聞こえてくる。
うるさいとかじゃないけど、微かに──お母さんの声が聞こえる。
こっそりイヤホンで音楽を聴きながら、気づかないふりをしてる。
でも、一度だけ、夜中にトイレに起きたとき、寝室のドアが少しだけ開いてた。その隙間から、お母さんの脚が見えた。うす暗い部屋の中で、白くて、艶っぽい脚が少し震えていた。
見ちゃいけないと思って、すぐにドアの方から目をそらしたけど──
心臓がドクドクいって、なんだか、泣きそうだった。
最近、お母さんが出かけるときの服が、少しずつ変わってきた。
前よりスカートが短かったり、ブラウスがシースルーでブラが見えたり。
どこに行くの?って聞くと、「ちょっとランチよ」とか、「会社の人と打ち合わせよ」だとか言うけれど——
でも、そのわりに、口紅の色が濃かったり、香水を変えてたりする。
この間、お母さんがスマホをテーブルに置きっぱなしにしてたとき、通知のポップアップが一瞬だけ表示された。
そこには、見たことのない名前と──
その後に続く【今日はいい声で啼いてたな】というメッセージ。
意味は、なんとなくわかってしまった。でも、その“わかってしまった”ことが、頭を真っ白にした。
お父さんは、何も言わない。
お母さんが遅く帰ってきても、何も聞かない。
でもその代わりに、いつもより優しくお母さんに接している気がする。
なんで? 怒らないの? 悲しくないの? って思うけど──
もしかしたら、お父さんは、全部知ってるのかもしれない。
知ってて、黙ってる。
それが、もっと怖い。
私はまだ中学生だけど、
「家族」って、どんな形が正しいのか、もうわからない。
でも、確かにわかるのは──
お母さんは今、「誰かの女」になっていて、
お父さんはそれを、「夫としての愛」で受け止めてるということ。
そして私は、その2人の間で、何も知らないふりをして、
今日も普通に、「いただきます」と言う。
でも、夜の彼方に咲いているのは、
たぶんお母さんだけじゃない。
きっと、お父さんも、私も──
夜の奥で、誰にも見えない花を咲かせているのかもしれない。
5. 夜の彼方に咲く 課長
──最初から、壊れていたのかもしれない。
いや、壊したのは俺か。
いや……違う。壊れたいと、どこかで願っていた女を、ただ導いただけだ。
綾子と初めて寝たのは、雨の夜だった。
営業帰りに駅前の焼き鳥屋へ誘い、カウンターで酒を飲みながら、たわいのない話をした。
最初から、彼女の瞳の奥には、火が灯っていた。
それを、俺は知っていた。
そして──焚きつけた。
「終電、もうないね」
「……ですね」
たったそれだけの会話で、十分だった。
ホテルのベッドで、綾子の服を脱がせたとき、彼女の身体は小さく震えていた。
羞恥か、罪悪感か、あるいは期待か──
だが、身体はすでに濡れていた。
女は頭で否定しても、身体が正直に答えを出す。
俺は女の扱いを知っている。
どこを撫で、どこを責めれば声が漏れるか。
どんな言葉で崩れるか。
年を重ねるほど、男は“理解”で女を征服する。
「声、出してみろ」
「誰に抱かれてるか、言ってみろ」
「旦那のものと比べてどうだ?」
「亭主より気持ちいいか?」
命令すれば、綾子は素直になった。
許可されて堕ちることで、自分を肯定できる女。
だから、俺は命じた。
週に一度、あるいは二度──
彼女の方から予定を聞いてくるようになった頃には、もう完全に俺の女だった。
【今週、いつ会えますか?】
【抱かれたいです】
【……お願い、声が聞きたい】
“他人の女”が“自分の女”に変わっていく過程ほど、甘美なものはない。
だが、1年が過ぎた頃、俺はもう一歩踏み込んだ。
“別の男”を与えたのだ。
それが綾子にとって、次の扉になると確信していたから。
「今度、この男に抱かれてこい」
そう送ったLINEに、数分の沈黙があった。
だが、すぐに──
【……わかりました】
何も聞かず、ただ従う。
その無言の服従が、なにより官能的だった。
知らない男に抱かれた綾子は、その夜の出来事を詳細に報告してきた。
どこで、どんな体位で、何回イかされて、どこに出されたか──
そのたびに、俺は別の快楽を覚えた。
“支配”は、“行為”以上に深く、甘い。
そして次に命じたのは、“売春”だった。プロに落とすことで、最後の“家庭の女”としての仮面を剥ぎ取るために。
セフレの男にそう言わせ、俺は後押しした。
「金をもらって抱かれてこい」
「知らない男に、金を貰って、体を与えろ」
「自分の価値を、男の欲望で測ってみろ」
綾子は、また頷いた。
綾子は、とうとうそこにまで堕ちた。
だが、その瞳の奥にあったのは、絶望じゃない。
──快楽だった。
もはや、ただの人妻ではない。
誰かの所有物として命令を受け入れ、淫らに咲く“雌”になった。
俺は時々、わざと冷たく言った。
「今夜も中に出す。そのまま、旦那に抱かれろ」
「お前の愛液と混ざったままで、イってこい」
「いいか。バレるかもしれないって思いながら、抱かれてこい」
綾子は、躊躇わない。
微かに震えながら、小さく頷く。
【……はい】
それだけで、俺の中の本能が満たされていく。
“いい女”は、家庭の中で飢えている。
愛されているはずの場所で、女としての渇きだけが深まっていく。
綾子もそうだった。
俺は、拾っただけだ。咲かせただけだ。
男に弄ばれ、命令に従い、淫らに堕ちていく女。
その姿を、誰よりも美しいと思う。
声の出し方、腰の動き、男の扱い──
すべて俺が教えた。
綾子の身体には、俺の痕跡が染み込んでいる。
旦那が気づかないはずがない。
──いや、きっと気づいている。
だが、あの男は、壊れなかった。
綾子が遅く帰っても、化粧が濃くなり下着が派手になっても、避妊を拒む理由が曖昧でも、彼は決して問い詰めない。
代わりに、静かに、そして優しく綾子を抱く。
まるで──
すべてを知っている男の顔だった。
自分の女が、他の男に抱かれ、堕ちていく様を、知りながら見過ごす。
いや、受け入れている。
それどころか──悦んでいる。
そう感じる瞬間が、確かにあった。
いつか綾子が言っていた。
「夫、変わったんです。前よりも、私を丁寧に抱くようになった」
それを聞いて、俺は思った。
──“完成”したな、と。
綾子はもう、あの男のものじゃない。
完全に俺のものだ。そう”身の心も”というやつだ。
そして旦那は、もはや「綾子を所有する夫」ではない。
“誰かの命令で堕ちていく妻を、黙って抱く夫”だ。
滑稽だが──美しい構図だ。
綾子が男たちに乱され、汚されて、なお「妻として家に戻る」ことで、この関係は完成する。
夫が、全てを知った上で受け入れている。
その事実が、俺には妙に心地よかった。
──ああ、面白い夫婦だよ。
だから俺は、壊さない。
壊さずに、壊れたままを維持する。
それが、いちばん淫靡で、美しい。
今度、中学生の娘が旅行に行っている日に、綾子の家に遊びに行くつもりだ。表向きは、綾子の上司として、呼ばれていく形。
夕食後、旦那のいる前で、綾子に言わせるつもりだ。
「課長さん、お風呂を使ってください」
そうしたら、俺はこう答える。
「そうだな・・・じゃあ、綾子、背中を流してくれるか」
綾子は「・・・はい・・・」とだけ答えて、俺に付いてくるだろう。
そして風呂で、綾子に俺のものを素手で洗わせる。もちろん綾子はあそこを濡らすだろうが、知らんふりをする。
風呂から出たら、俺はバルローブを着て、セクシーな下着姿の綾子を連れて、居間に戻る。
そして亭主に、「今夜は綾子を使うからな」と宣言して、寝室に向かう。もちろんドアは大きく開けたまま、明るい中で綾子を抱くつもりだ。
「亭主が見ているぜ」と耳元で囁いてやると、綾子はいつもよりも乱れて、大きな喘ぎ声を出すはずだ。
次の日の夜には、夫婦は黙って燃えるだろう。
今回は、娘が旅行に行っている日だが、次は娘のいる日に泊まりにいくつもりだ。