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日記番号:892

愛する妻を堕した男

志保の夫(首都圏)


  感想集

444.刺青の誘惑②

「これだけの刺青者の写真を持っているマニアはそれほど多くはおらんでぃ」
キタガワは自慢気に嬉しそうに話しました。
アルバムはいわゆる決めポーズで撮った男女の写真集でした。
一見、ゲイ雑誌の写真にも見えるが、写っている被写体は大部分が刺青の男たちでした。しかも、シェイプアップされていて、刺青が無くても十分な肉体美を強調しています。
やはり刺青はブヨブヨなメタボやナヨナヨした貧弱な男よりマッチョな男にこそ相応しいアートだと思いました。
基本として全身を前、後ろ、横から撮っている。その他にも背中や尻、胸部等部分的にクローズアップで撮っている写真もあります。
1人で5、6枚、多い人では十数枚もあります。
「刺青者は見せたがりが多いんや。だから写真を撮るから見せてくれと頼むと喜んで見せてくれるんや。やっぱ、つらい思いをしてこれだけの物を彫ったんやから、誰かに見せたくてしょうがないんやなぁ」
キタガワのいう事はその通りだと思います。刺青は元々は自分を美しく飾り他人に見せるための物だ。それは女性が化粧をするのとまったく同じ発想です。
ボディビルダーや刺青者はナルシストが多いと言われますが、このような人たちは一般的に異性愛は強くないそうです。
最初に見た写真集は一般の人の目にも触れることを前提に編集されているようです。局部を隠すための最低限下着(ほとんどが褌)を着用しています。
写真集には女性の刺青もあったが、それらは数も少なく、またポーズも限定された物が多かった。ほとんどが背中側から撮られた物で、前側から写した物はバストや下腹部を手や極小のバタフライのようなTバックで隠していました。
「女の刺青者は中々集めるのが難しいや。女の場合はバックに誰か付いているやろ?しかもヤーさんの大物が多いからのう。だから、やつらの許可をもらわんと撮らしてくれないんや」
それでも、10人ほど女性の写真があったという。
アルバムで見たプリント写真集は刺青と言う特殊な芸術性に重点を置いた公序良俗的にもギリギリではあるが容認できる物だったらしい。
しかし、DVDで記録された写真や動画は芸術性よりもエロチシズムを目的に撮った非常に過激な内容だったそうです。

キタガワが〝刺青〟に興味を持ち、写真の収集を始めたきっかけは官能小説家を目指したことと関係がありました。
普通の男女の情交を描くだけでは誰も評価してくれませんし、SMモノや凌辱モノも世の中には溢れています。最近は素人がSMや凌辱プレーをするようになり、より過激なセックスシーンが求められています。しかも過激であればすべて読者の欲望を満たすと云う単純なことでは無く、過激な性描写の中に耽美的要素を持たせなければ読者も編集者も振り向いてもくれません。現在の官能小説は『耽美的表現の良し悪し』で作品の評価が決まるようです。
<《愛妻日記集》に投稿されている〝稚拙なSM・凌辱物〟にアクセス数が多いことは《愛妻日記集》読者の知的レベルが低い事の証明だろう。そのような作品にまじめに読者感想文を投稿する人はただ笑止の至りだ>
キタガワの部屋には古典文学全集や〝枕絵〟と云われる春画集が数冊あったことは初めてこの部屋に来た時から気付いていましたし、刺青を題材にした本や絵画・写真集も棚に並べられていました。
キタガワが官能作家としてデビューするための条件としては、比較的作品や作者が少ない題材が絶対です。だからと言って、題材だけでは雑誌社の編集者にはすぐに底の浅さを見抜かれてしまいます。
キタガワは日本的耽美芸術の粋でもある刺青を題材にした男女の情念を描いてみようと考えたと言います。
〝刺青〟は一般社会とは一線を画する究極の表現です。なぜなら自分の皮膚をキャンバスにして〝美〟自己表現するからです。
刺青を彫ることはその人にとって後戻りできない究極の決心であることはよく知られています。現代の優れた美容整形でも全身に彫られた刺青を消すことは不可能と言われています。
しかし、キタガワが刺青に興味を持ち始めたのは小説家になろうと思う前だった言います。
露天商の仲間にも刺青を入れている者はいましたが、それは肩や腕と言った体の一部が多く下着や上着で隠すことが出来ます。しかし、全身に刺青を入れて男は露天商と比較的関係が深いヤクザと呼ばれる反社会的集団に属する者たちです。彼等は明確に一般社会とは一線を画して独自の社会や価値を持った世界の住人になる決意の明かしとして刺青を入れるそうです。
彼等と親交を深めるにつれて、〝刺青〟が持つ独自の社会の深淵に触れることになるし、自分も一部ではあるが刺青を入れることによって、刺青者を題材にした<耽美的官能小説家>になろうとした決心でもあったそうです。
キタガワは露天商仲間の紹介で刺青者と出会い、写真を集め始め、そのことがきっかけで反社会的な連中とも関係が広がりました。しかし、キタガワは露天商をやめる気持ちは無かったと言います。
なぜなら、露天商は反社会的人間(やくざ)とは違い、社会的に職業として認められているからです。
露天商は経済的には苦しいが、それ以上にその人間関係が非常に魅力的であり、小説の題材が豊富なので転職しようと云う気にはならなかったそうです。

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