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日記番号:844

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幸治(都内)


  感想集

3章-2

官能小説や告白物には度々温泉宿が登場する場合が多い。
温泉旅館は都市のコンクリート製のホテルとは違って人の心をリラックスさせる効果があり、同時に社会的常識から解放された気持ちになるからだろう。心が解放されると性行為も大胆になる。
その旅館の客室の図面から想像すると当方の寝室と隣の客室の間取りが左右対称に隣り合わせになっているようだ。古い日本家屋なので隣の客室との壁はあまり厚くは無いし、たぶん特殊な遮音構造でも無いだろう。
首都圏から近い〝大人の隠れ家〟的な高級温泉宿とは違い、普通の旅館は特別にカップルのプライバシーを考慮して造られていない。
普通の生殖年齢カップルであれば、性的行為をすることは自然であり、その気配は淫声や微妙な床の振動で察知できる。旅館側もそれを考慮して部屋割をしているようである。私たちのように比較的若いカップルは端の部屋を割り当てられることが多く、また、近隣の部屋も年齢が近いカップルに割り振られていることが多い。
そのような場合、一組が始まるとそれに呼応するかのように他のカップルも始まる。しかも、お互いが競うように淫声のボリュームは次第に大きくなる。
しかし陽子は他の人妻とは表現が少し違う。口に手を当てて声が漏れることを抑制する。それは私たちが性的行為を始めてからあまり大きく変わらない。
初めて他人の情事の実況を聞いた陽子は顔を真っ赤にして興奮した。しかし、その後は激しく燃え、私を悦ばせた。それからも数回隣室の情事を聞いたことがある。
旅館での陽子は自宅の寝室での営みより激しく燃える。自宅での陽子の淫声は吐息に小さな喘ぎ声が混ざる程度だか、隣室の淫声を聞いた時は堪えきれずに思わず押し当てた手の隙間から淫声が漏れ出てしまうことがある。
一度、その事を陽子に聞いたことがあるが、「それは女性なら大きな声を出すのが当然かもしれない。だって負けたくないもの。自分は成熟した女だし、夫も素晴らしい男性だってことをアピールしたいけど・・・、でも、私はそうなるのが恥ずかしいの。それが私の精一杯のアピールなの?」と、少し照れながら答えた。
『精一杯のアピール』と言ったが、それは『メスの本能』かもしれない。
しかし、それを競うのは女だけでは無い。男だって女の淫声の大きさや狂乱状態を他の男達に自慢したい気持ちはある。隣室から聞こえて来る嬌声に対抗すべき更に頑張る。これも『男の本能』なのだろう。
今回宿泊した旅館の良いところは他の客と顔を合せる機会が少ないことだ。
最近の旅館の食事は〝食事処〟と称して広間で客室ごとに仕切りを立てて提供するケースがほとんどだ。しかし、客室番号や名前の立て札で隣室の客の年代や容姿まで判ってしまう。夕食の時はまだしも、翌朝の朝食で顔を合せることは女性側にしては非常に恥ずかしい。実際、陽子も激しく燃えた翌日の朝食はパスして、途中のドライブインで食事をして帰宅したことがあった。

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