メニュー ログイン

日記番号:844

DELETE

幸治(都内)


  感想集

2章-3

《赤坂プリンスホテル》その名前は田舎者の私にとってはある意味憧れのホテルであり、実際にその前に立った時、緊張したことを今でもよく覚えている。
私はホテルのティーラウンジで部長から上品な夫婦を紹介された。
私も緊張していたが、部長も緊張して顔の表情が硬く見えた。
「園田さん、彼が先日手紙でご報告しました北野幸治君です。北野君、我々のクラブの大先輩の園田さんと奥様です」
『園田さん』と呼ばれた紳士はにこやかな微笑みを浮かべて右手を差し出す。
条件反射的に両手を出して握手をする。着ているジャケットはダブルで身体にフィットしている。たぶん私が着ている既製服の〝ツルシ〟とは見るからに違いが判る。オーダーメードと言われる高級スーツなのだろう。
『奥様』と呼ばれた女性は後ろから私を見ていた。現代風の美人ではないが、優雅な物腰と微笑みは私とは違う階級を感じさせる。
私と部長が並んで正面に園田夫妻が座った。
その後の会話はもっぱら私の家庭環境や生い立ちに終始した。それらの質問は部長から聞かれた内容とほぼ同じだった。そして最後の質問は私の女性関係だった。
その質問は今でもはっきり憶えている。
「地方の高校から東京の国立大学に進学した秀才青年ですから、かなりモテたでしょうね?それにただの〝ガリ勉君〟じゃなくてスポーツもやっていたなら尚更ですよ」
園田さんの言葉を継ぐように奥様が続ける。
「そうねぇ、とても素敵な学生さんですもの・・・。お国の方に彼女を残して上京されたのでは・・・」
ゆったりとしていて上品な笑顔で話すが、その内容はズバリ核心を突いている。
「いいえ、私の高校は男女共学ですが、それが却って一対一の交際は難しいんです。それに小さな町ですからすぐに噂になりますし・・・」
私も緊張してしっかりと答える。
「そうですねぇ、そのお話は聞いたことがありますわ。共学より女子高校の学生さんの方が男女交際に熱心ですってよ」
「なるほど、奥様は小学校から高校・大学までずっと女子だけでしたね?」
質問はそれで終わったが、その間はまるで面接試験を受けているような状態だった。
それは私が感じた通り、家庭教師採用の面接試験だった。
そして、私はその面接試験に合格して、園田家の三女である陽子の家庭教師になった。
しかも、それは私の一生を決める面接試験でもあったが、それに気が付いたのは数年後のことである。

前頁 目次 次頁