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日記番号:844

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幸治(都内)


  感想集

11章【妻の妄想】-1

あの露天風呂事件の日から私たちの性生活が大きく変わったことは確かだ。
それまで夫婦の間でも〝性〟に関する話題は時々出る事はあったが、あまり赤裸々な話や表現は避けてきたし、心の奥に迫ったり、本心を晒すまで語りあったことは無かった。一般的に性の話題は共通認識している人物に焦点が当たることが多い。しかし、映画やTVドラマの登場人物について話しても、まったく具体性に欠ける。
私たち夫婦が性的話題で語り合う時に登場する共通の人物と言えば必然的にあの温泉旅館で出逢った奇妙な中年カップルがその中心となる。特にあの男は私たちの妄想の中の主人公として登場し、私たち夫婦の間に割り込み、彼等の特殊な世界に引きずり込んでいく。
その契機となったのはやはり露天風呂での出来事と、陽子の意識が平常に戻った時につぶやいた一言だった。その一言が私たちの淫らな妄想を膨らましていく。
『幸治さんが戻って来た時、あの人たち、どんな様子だった?何か変な事をしていなかった?』
あの時、私は、『僕が戻った時、ヨーちゃんの頭の方に女がいて、男はヨーちゃんの足を膝の上に乗せていたけど・・・、それも脳貧血だから下半身を高くして頭を低くするのが効果があるから。それにタオルを取りに行って戻って来るまでは3分くらいだから、そんな余裕は無かったと思う』と、答え、陽子もその説明に納得した。しかし、実際は私がタオルを持って露天風呂に戻ったのはもう少し時間がかかっていた。あの時、私はついでにトイレにも寄っていたので実際は5、6分くらいかかっていたかもしれない。
気を失っていた陽子が何か異変を感じたのだろうか?それとも一部意識はあったのかもしれない。陽子は腰に手拭は掛けられていたがほぼ全裸で寝かされていた。もし、湯あたりによる軽症の脳貧血と分かったら、夫のいない間に・・・。
私たちはあの衝撃的な日から淫らな妄想に取り憑かれてしまった。
妄想とは<根拠のない誤った判断に基づいて作られた主観的信念>と定義されているが、誰でも心の何処かに持っている期待、不安、憧れ、欲望、脳裏の中で映像化された現象と思う。特に男なら性に目覚めた頃から性的妄想の割合が多くなる。中には妄想の割合が大きくなり、遂には現実の壁を乗り越えて、最悪の場合は性犯罪に発展してしまう事件も珍しくは無い。
私たちの妄想はそれまでマンネリ化しつつあった夫婦の営みにある種の緊張感を与えた。
私たちは露天風呂で実際に見た事や感じた事をお互いの視点を語り合った。
陽子が最も興味を感じたのは〝女のエクスタシー〟だった。
「女って、相手の男性が変わってもエクスタシーを感じることが出来るのね?あのご夫婦は『あの日初めて他のご夫婦と知り合ってセックスした』と言っていたでしょう?それなのにすごい声で叫んでいたでしょう?初対面の男性とセックスして・・・、ちょっと信じられなかったけど・・・」
「僕も初めはそう思ったよ。だから半分演技かなと思ったけど、ヨーちゃんが『あれは本物かも?』と、言ったから、そうかなぁと納得したけど・・・」
「男の人は誰でも気持ち良くなれるんでしょう?」
「誰でもと言う訳ではないけど・・・、精神的より肉体的な直接刺激に反応するからかねぇ、だから風俗営業や売春がなり立つと思うけど・・・」
「女性も同じなのかしら?」
陽子はこれまで私以外の男との性的接触は無い。それ故に好奇心を持つのだろう。
「それはどうかなぁ、女性も男のように肉体的な刺激だけで反応してしまったら、電車の中で痴漢に遭った時にエクスタシーを感じてしまうだろう?でも、そんな女性はいないよね?女は肉体より精神的なことの影響が大きいじゃない?」
「そうかもしれないわ。好きな人とするから感じるのかも・・・、でも、あの人たちは初対面と言っていたから・・・」
『初めての会った相手でもエクスタシーを感じる事が出来る』
陽子の頭の中ではその事がどうしても残ってしまうようだ。

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