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日記番号:844

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幸治(都内)


  感想集

2章-2

夏休み終わって間もなくの頃、入部していた文化系クラブの部長から呼び出され部長室に行くと、部長は資料を見ていた。
「北野君、今、君の入部資料を見ているんだけど、ちょっと確認したいことがあるけどいいかな?」
部長は私の英会話クラブに入部した時の身上書を眺めながら質問をする。ただ、身上書と言っても家族や病歴等のプライバシーの秘密性が高い項目はもちろん記入されていない。しかし部長は記載されていない部分を聞きたいらしい。
「すこし細かい質問をするけど、答えたくなかったらパスしていいからな」と、断って、私の家族について質問してきた。しかし、私も隠す必要もないのでありのまま答えた。部長も満足そうに大きく肯きながらメモをする。そして、最後に「ところで北野君は高校時代に親しい女性の友達はいたのか?」と聞く。
「男女共学なので女子の友人はいましたが、『親しい』とまでは言えません」
「そうか・・・。現在は?」
「はい、残念ですが・・・いません」
「そうか・・・分かった、ありがとう。今日は帰っていいぞ。もしかしたら、また声をかけるかもしれん。その時はよろしくな!」
部員が100名近くいるクラブの部長は一年生から見ると神様のような存在だ。直接会話するだけでも緊張するのに部長室に呼ばれて差向いで話をしたのだから退出と同時にどっと汗が噴き出した。部室に戻るとそこにいた部員から好奇な目で見られたことは言うまでも無い。
後日分かったことは部長室に呼ばれた部員は私だけでは無かったようだ。
そして、それから1週間後、再び部長室から呼び出しがあった。
「明日の土曜日、紹介したい人がいるので赤坂プリンスまで来るように」と、言う。土曜日はバイト予定が入っていたが、クラブの部長が一年生の部員に直々に指示するのであるから、余程の重要な事情ある以外は断ることは許されない。上意下達は体育会系程厳しくは無いが、それでも百数十年の伝統の重みは戦後の民主主義の世の中になってからでも消滅すること無く、脈々と受け継がれている。しかもそれは部活の中だけに留まらず同門であれば一生涯〝先輩後輩〟の上下関係が崩れることは無い。
部長が私に指示をした瞬間、私は『YES』以外の答えしか有り得ない。
私が「はい、分かりました」と、答えると、部長は満足そうに「ようし、それから明日はジャケットとネクタイ姿で来てくれ。持っているか?」
「はい、一着だけですけど・・・、入学した時に買った物があります」
それは入学式の一週間前に町のスパーマーケットの紳士服売り場で紺色の上下のスーツとYシャッツ、ネクタイのセットを買ってもらった。
「そうか、それでいい」部長は満足そうに頷いた。
「あのう・・・、それで・・・、ご要件は?」
「明日になれば解る」部長はそれだけ言うと、再び書類に視線を向けた。

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