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日記番号:844

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幸治(都内)


  感想集

10章-3

離婚した親友大倉の言葉が私の心の奥に住み着き、時として私を苦しめる。
「ユキが俺から去って行ったのは誰の責任でも無いんだ。強いて言えばユキに〝男の免疫〟が無かったんだ。俺たちは高校から大学卒業するまでずっと一緒だったんだ。ユキは大学時代に合コンに参加したことも無いし、俺以外の男と接する機会はほとんど無かった、と言うより俺がいつも側にいたからなぁ。だから会社に就職して初めて俺以外の男と接したんだ。それがあの男だったんだ。その当時は奴とはどの程度の関係だったかは判らないけど、好意は持っていたらしい。しかし、ユキと俺は既に婚約していたから、あの男が入り込む隙間は無かったと思うけど、それは俺の勝手な思い込みだったかもしれない。それから予定通り結婚してすぐに妊娠して子供を産んだ。しかし、専業主婦になったユキはその時の会社の楽しい雰囲気が忘れられなかったんだろう。それにあの男からも誘いがあったようだし。結婚後もあの男とは時々連絡し合っていたようだし、もしかしたら実際に会っていたかもしれない。弁護士の調査によると、あの男は2回離婚しているし、ユキの他にも複数の女がいるそうだ。あの男にとってもユキの妊娠と離婚はまったく想定外らしい。要するにユキが一人のめり込んで結婚の最終手段として妊娠したようだ。男はユキの腹の子は認知すると言っているが、結婚するかどうかは約束していないらしい。俺との子は間違いなく俺の子だ。一応DNA検査で確認したよ。北野君、何度も言うけど、女にはある程度の〝男の免疫〟が必要なんだ。もし、君の奥さんがユキと同じような無菌室的環境で育った女性なら、なるべく早めに〝男のワクチン〟を予防接種した方がいいよ」
その後、大倉は田舎の親が薦める地元の娘と再婚して平穏に暮らしている。彼の二番目の嫁さんに〝男の免疫〟があるかどうかや〝男のワクチン〟の予防接種の話も聞いていない。
『女には〝男の免疫〟が必要なんだ。無菌室で育った女には〝男のワクチン〟を予防接種した方がいいよ』
友人が真面目な顔で言った言葉が頭から離れない。
彼の奥さんだったユキさんと陽子には共通する点が多く見られる。二人とも性に目覚める思春期から結婚するまでたった一人の男と付き合い、他の男を知らない。しかし、2人の間で決定的な違いがある。それは妊娠可能かどうかだ。
不妊症の陽子が他の男と接点を持った時、その事がどのように作用するのかまったく予測が出来ない。
妊娠の心配が無いだけ気軽に遊べると考えるのが一般的だろう。遊び慣れた男は元々人妻との火遊びが目的だから、適当に遊んで、結婚生活を破綻させる前に関係を終わりにする術を知っている。不倫関係の男女が最も注意を払うのは妊娠だと聞く。ユキさんのように妊娠を切り札にして夫との離婚と新しい男との再婚を考える人は極めて稀かもしれない。
大倉から『男のワクチンの予防接種』とアドバイスされても、具体的にどうしていいか分らない。それに陽子が他の男にどの程度興味を持っているのか、それに陽子の周りにそのような魅力的な男がいるのかもまったく分らない。
しかし、彼のアドバイスは、私をそれまで以上に妻としての陽子に目を向けることになったことは確かだ。平日は陽子の意思に任せることしか出来ないが、休日はなるべく寄り添うことに心がけ、家事や買い物も付き合うようにした。
それでも不安は解消されない。

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