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日記番号:844

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幸治(都内)


  感想集

2章【出会い】-1

隣室の音も止み旅館全体が眠りに入ると人工的な音は自然の音に入れ替わる。聴覚が敏感になるに従い、渓流の音、木々を揺らす風の音、そして虫の音が聴神経を通して全身を包み込む。
やがて目が慣れて、薄明りの中の妻の顔を見つめる。
私の胸に顔を付けてすやすやと安らかな寝息を立てている。
ほんの数時間前、夫の脳裏にある種の不道徳で淫靡な妄想が去来した事を妻は気付いていない。愛する夫の愛の行為を全身で受け、妻の幸せを享受している。

私が妻の陽子と初めて会ったのは19才、陽子は15才だった。
東北地方の高校を卒業して東京の大学に入学した。
実家は地方公務員で両親と姉と兄の5人家族で、父親は農家の三男で高校卒業後に公務員になり、昨年定年退職した。それが理由かもしれないが、子供に対しては高学歴を与える事を親の使命と考えていたようだ。姉と兄は実家から通学範囲にある国立大学に入学・卒業して教職就いた。
私も当初の目標は姉兄と同じ道を歩むつもりでいたが、高校の成績が良かったので担任の教師が東京の国立大学への挑戦を提案し、両親を説得してくれた。結果として幸運にも合格してしまった。
私の高校から現役で東京の国立大学に合格した卒業生はこれまで数人しかいない。
しかし、父の給料で子供を東京の大学に入学させることは決して経済的に楽なことでは無かったが、奨学金の給付や補助等を条件に無事入学をすることが出来た。
バブルが崩壊した後だったので条件の良いアルバイト先はあまり多くは無かったが、少しでも生活費の足しとして夜間の拘束時間の短いバイトを続けた。
初めての夏休みは正に凱旋気分だったが、それもゆっくりとはしていられなかった。
東京で一人暮らしを始めると色々取揃えなければならない物が出て来る。
実家で2週間程過ごした後、パソコンを買う資金を稼ぐために東京に帰りアルバイトをしなければならなかった。

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