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日記番号:844

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幸治(都内)


  感想集

8章【婚外交遊】-1

金曜日の夜のスナック・バーは時間が遅くなるに従い客が多くなる。この店も例外では無い。私たち2人が座っているカウンター席にも1人、2人と席が埋まって行く。
私たちが話している話題はあまり他人には聞かせたくない内容だ。しかし、せっかく興味ある人に会えてもう少し話を聞きたいと思っていた。私の気持ちを察したマスターが気を利かせて、奥のボックス席に移動することを薦めてくれた。
話をしている内に、私はこの小野と言うこの中年男に対して尊敬にも似た親しみを覚えた。
奥のボックスは店内の喧噪からは隔離されて別の世界を感じさせる。ここならより込み入った話も聞けるかもしれない。それに、まだ、最終電車にはまだ十分時間があるし、例えタクシー代を払っても、この男と話す価値はありそうだ。
「奥さんやお子さんとはその後お会いになることは?」
「いいえ、それ以来彼等は会っていませんし、これからも会うことは無いでしょう」
小野氏はきっぱりと言い放った。
小野氏は人妻と不倫を重ねるようになったのはその事件が大きく関係しているかもしれない。私が小野氏の立場なら同じように出来るだろうか?
自分を裏切り、他の男の子供まで生んだ妻を簡単に許すことなど出来るだろうか?
重度の不妊症と分かった時、精神的に追い詰められた陽子が私に離婚を迫ったことがあった。
私はその時はっきりと言ったことを今でも一字一句憶えている。
『僕が愛しているのは北野陽子という1人の女性で、子供の有無は愛情とは関係ない。僕は生きている限り陽子を愛する』そして、その後、私たちは抱き合って思い切り泣いた。
今、小野氏の話を聞いて、その時の情景を思い浮かべていた。
「やぁ、北野さん、つまらない話をしてすいません。すっかり湿っぽくなりましたので、最初の話に戻しましょうか」
私の様子に気が付いたのだろうか、小野氏は無理に笑顔を作り話しかける。
「北野さん、私はこう見えても結構真面目なんです。離婚するまでは妻一筋だったんですよ。結婚する前はバブルの最盛期でしたから、かなりやんちゃな遊びもしましたけど、オヤジの会社に入って将来の後継者と見られるとやはりその気になりまして、結構仕事も一生懸命にしたし、親孝行もしました。しかし、仕事に打ち込めば打ち込む程1人になった時に離婚で開いた心の隙間を感じるんです。そんな時にうちのテナントに入っている法律事務所の所長さんから奇妙な相談を受けましてねぇ、それが人妻さんとお付合いするきっかけです」

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