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日記番号:844

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幸治(都内)


  感想集

1章-2

会社のプロジェクトが終了してやっと緊張から解放された週末、私たち夫婦は北関東の温泉に出かけた。
気分転換も兼ねて、いつも家族が利用するリゾートホテルを避けて鄙びた温泉地の小さな純和風の温泉宿にした。妻が選んだ理由は源泉掛け流しの温泉と素朴な田舎料理が気に入ったらしいが、それよりも団体や子供連れの客を受け入れていない事が決め手だった。
温泉旅行の目的は日常の喧噪から離れて静かな環境の中でゆったりと心を癒すことにある。団体客のバカ騒ぎや子供たちが大声を上げて走り回るような一般の大型温泉ホテルや旅館では期待できない静寂な時間を得られる。
バブル崩壊後、温泉街は大きく変貌したと言われる。バブル期には規模の拡大を追求し、増築や改装した大型ホテルや旅館はその後の景気低迷により経営破綻をする施設が目立つことになる。逆に小規模に家族で経営している旅館は生き残っているところが多い。
私たち夫婦が宿泊した旅館も部屋数が8室と小さく、夫婦と娘の3人で切り盛りしている典型的な家族経営の施設である。
私たちがこの旅館を訪れたのは今回が初めてでは無い。これまでも数回利用している。
前回訪れたのは山桜が散り燃えるような新緑が全てを覆う季節だった。
山間の渓谷に張り付くように建てられた旅館の窓からは川のせせらぎ音や小鳥の声が聞こえ都会の喧騒の中で毎日を過ごしている人間にはまるで別世界のように思えた。
私たちは窓際に並んで座り、ただ渓流を眺める。言葉を交わさなくてもそれが二人にとって至福の時と共に感じていた。
この旅館魅力は自然だけでは無く、ここにいる人達の自然の笑顔が何事にも代えがたく、世間のギスギスした人間関係の緊張感から心を癒してくれる。それに環境が変わると、普段、自宅では口に出しづらい事も何となく素直に話す事ができる。それは時には夫婦の隙間を修復してくれる。

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