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日記番号:747

夢は妻とともに…

傍観者(関東)


  感想集

数センチの違い

遠のく私を、潤んだ瞳で真直ぐに見つめながら、美枝子は左手を伸ばしてきた。
私も手を伸ばし、かろうじて指先で美枝子の指先を捉えた。
捉えた指先から伝わる弱々しい力に、もうほんの数センチ前に屈むだけで力強く答えることができる…

しかし、その想いとは反対に、私は数センチ体を起こし、結果指は離れ美枝子の左手はベッドにゆっくりと落ちた。
私の、私達の想いを断ち切ったのは、美枝子の臀部に股間を密着させた男、吉沢さんの柔らかくも全てを見透かしているような視線…
美枝子とキスをしたいという衝動から長い時、今ここにある全体像を見ていなかった自分に気付かされたのです。

人の脳とはどのようなものなのでしょう?
美枝子と出逢い結婚をし、家庭を持ち、過ごしてきた年月…
私の夢の告白から今日という日まで…
今日という日に既に経てきた時間…
ほんの数センチの距離を動く中で、まさにフラッシュバックされ、私は後悔とも思える気持ちが心に広がってゆくのを感じていました。

(やっぱりここまでで…)
と発しようとした時。
吉沢さんは美枝子に覆いかぶさるように体を曲げ、耳元で「とっても素敵なご夫婦ですね。これからのお二人に欠かせない記念日にするためにも、ご主人の夢を叶えてあげましょうね」と優しく、しかしハッキリと私にも聞こえるように言いました。

(………)
私は、想いを発するタイミングを失い、文字通りゴクリと喉を鳴らすほど、その光景に魅入られてしまいました。

美枝子は私を見つめている潤んだ瞳へ、諦めとも決意とも取れる色を映し出し、ゆっくりと瞳を伏せ、頭を小さく縦に振ったのです。

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